第11章 体内環境の分子設計

免疫の分子設計
─ V(D)J組換えの分子機構とMHCの抗原提示

高校生物では、免疫系が「遺伝子の再構成」によって膨大な種類の抗体を作り出すことを学びます。しかし、具体的にどのような分子機構で $10^{11}$ 種以上もの抗体の多様性が生み出されるのか、その仕組みは説明されません。また、T細胞が「自己」と「非自己」をどう見分けるのか、その分子的な保証がどこにあるのかも謎のままです。

大学の免疫学では、この問いに明快な答えを与えます。V(D)J組換えと呼ばれるDNA切断・再結合の精密な分子機構が、組合せ的多様性と接合部多様性を掛け合わせて天文学的な多様性を生み出します。さらに、MHCによる抗原提示とT細胞の胸腺教育が、自己を攻撃しない免疫系を保証する仕組みを作り上げています。この記事では、抗体多様性の分子的起源からがん免疫療法まで、免疫の「分子設計」を一本の筋で読み解きます。

1高校での扱い ── 免疫の概観

高校生物で学ぶ免疫の知識を整理しましょう。免疫は大きく自然免疫(非特異的防御)と獲得免疫(特異的防御)に分けられます。自然免疫では、好中球やマクロファージが病原体を貪食し、NK細胞がウイルス感染細胞を攻撃します。獲得免疫はさらに、B細胞が抗体を産生する体液性免疫と、キラーT細胞(細胞傷害性T細胞)が感染細胞を直接攻撃する細胞性免疫に分かれます。

抗体の多様性 ── 高校で学ぶ概念

高校では、ヒトの体が $10^{11}$ 種以上もの異なる抗体を作れる理由として、「遺伝子の再構成(再編成)」という概念を学びます。免疫グロブリン遺伝子のDNA配列が、B細胞の発生過程で組み換えられ、さまざまな抗体が生み出されるという考え方です。

また、T細胞が抗原を認識するためにはMHC(主要組織適合遺伝子複合体)という分子が関わることも概念レベルで学びます。臓器移植で拒絶反応が起こるのは、MHCの型がドナーとレシピエントで異なるからです。

高校の説明で残る「なぜ」

しかし、高校の説明にはいくつかの重要な疑問が残ります。遺伝子の「再構成」とは、具体的にDNAのどこをどう切り、どうつなぎ直すのでしょうか。組換えだけでは組合せの数に限界がありそうですが、本当に $10^{11}$ 種もの多様性を生み出せるのでしょうか。そして、これだけ多様な抗体やT細胞受容体を作って、なぜ自分自身の細胞を攻撃しないと保証できるのでしょうか。次のセクションで、大学の免疫学がこれらの問いにどう答えるかを見ていきましょう。

2大学の視点 ── 多様性を生み出す分子設計

高校 vs 大学:免疫の多様性と自己認識
高校:「遺伝子の再構成」で多様な抗体が生まれる(概念レベル)
大学:RAG1/RAG2がRSS配列を認識してDNAを切断し、V・D・Jセグメントをランダムに結合する(V(D)J組換え)
高校:抗体の種類は非常に多い($10^{11}$ 種以上)
大学:組合せ的多様性 $\times$ 接合部多様性(N付加・P付加)で指数的に多様性が増大する
高校:MHCが抗原提示に関わる(概念レベル)
大学:MHCクラスIとクラスIIは構造・提示経路・認識するT細胞が異なり、胸腺での正の選択・負の選択で自己反応性T細胞が除去される
ここが本質 ── 免疫多様性は「組合せ」と「不正確さ」の掛け算

免疫系が $10^{11}$ 種以上の抗体を生み出す仕組みは、2つの原理の掛け算です。第一に、複数の遺伝子セグメント(V、D、J)からランダムに1つずつ選んで結合する組合せ的多様性。第二に、結合部位でのDNAの削り込みやランダムなヌクレオチド付加がもたらす接合部多様性です。

前者だけでは数千種程度ですが、後者の「不正確さ」が掛け合わされることで多様性は爆発的に増大します。生命は、DNAの「正確な複製」という原則をあえて破ることで、未知の病原体に備える防御システムを設計したのです。

では、このDNAの切断と再結合は、分子レベルでどのように実行されるのでしょうか。次のセクションで、V(D)J組換えの分子機構を詳しく見ていきます。

3V(D)J組換えの分子機構

免疫グロブリン遺伝子の構造

抗体(免疫グロブリン)は、2本の重鎖(H鎖)と2本の軽鎖(L鎖)からなるY字型のタンパク質です。高校で学んだこの基本構造を分子レベルで掘り下げましょう。

抗体の抗原結合部位は、重鎖と軽鎖の先端部分(可変領域)で構成されます。この可変領域をコードするDNA配列は、ゲノム上では一続きの遺伝子として存在するのではなく、V(Variable)セグメントD(Diversity)セグメントJ(Joining)セグメントという断片に分かれて散在しています。ヒトの重鎖遺伝子座の場合、約40種のV、約25種のD、6種のJセグメントが並んでいます。

B細胞が骨髄で分化する過程で、これらのセグメントから各1つずつがランダムに選ばれ、DNAレベルで物理的につなぎ合わされます。これがV(D)J組換えです。軽鎖にはDセグメントがなく、VセグメントとJセグメントだけが結合します。

RSS配列 ── 切断の目印

V(D)J組換えで最初に問題になるのは、「どこを切るか」です。ゲノムDNAの中で、V・D・Jセグメントの境界は何によって決まるのでしょうか。

答えは、各セグメントの隣に配置されたRSS(Recombination Signal Sequence:組換えシグナル配列)です。RSSは、7塩基のヘプタマー(保存配列:CACAGTG)と、9塩基のノナマー(保存配列:ACAAAAACC)、そしてその間を隔てるスペーサーからなります。

ここで重要なのがスペーサーの長さです。スペーサーには12塩基対のもの(12-RSS)と23塩基対のもの(23-RSS)の2種類があります。12と23はそれぞれDNA二重らせんのほぼ1回転と2回転に対応します。

12/23ルール

V(D)J組換えは、12-RSSと23-RSSのペアの間でのみ起こります。同じ長さのスペーサー同士(12-12や23-23)では組換えが起こりません。このルールを12/23ルールと呼びます。

このルールにより、VセグメントがDセグメントを飛ばして直接Jセグメントと結合するような「不正な」組換えが防止されます。重鎖の場合、Vセグメントには23-RSS、Dセグメントの両側には12-RSS、Jセグメントには23-RSSが隣接しています。したがって、V-D結合(23と12のペア)とD-J結合(12と23のペア)は許可されますが、V-J結合(23と23のペア)は禁止されます。

RAG1/RAG2リコンビナーゼ ── DNAを切る酵素

RSSを認識してDNAを切断するのが、RAG1RAG2(Recombination Activating Gene 1, 2)という2つのタンパク質からなるリコンビナーゼです。RAG1/RAG2はリンパ球(B細胞とT細胞)の発生過程でのみ発現し、他の細胞では発現しません。これにより、V(D)J組換えがリンパ球に限定されます。

RAG1/RAG2は12-RSSと23-RSSの一対を認識すると、各RSSのヘプタマーとコーディング配列(V、D、またはJセグメント)の境界でDNAの片方の鎖にニック(一本鎖の切断)を入れます。切れた鎖の3'末端のOH基が反対側の鎖を攻撃するヘアピン形成反応によって、コーディング末端が閉じたヘアピン構造になります。

V(D)J組換えの反応ステップ

Step 1(シナプス形成):RAG1/RAG2が12-RSSと23-RSSに結合し、両者を近接させてシナプス複合体を形成します。

Step 2(ニッキング):各RSSのヘプタマーとコーディング配列の境界で、片方のDNA鎖にニックが入ります。

Step 3(ヘアピン形成):ニックで生じた3'-OH基が反対側の鎖をトランスエステル反応で攻撃し、コーディング末端がヘアピン構造(共有結合で閉じたループ)になります。同時にシグナル末端(RSS側)は平滑末端になります。

Step 4(ヘアピン開裂):Artemisヌクレアーゼがヘアピンをランダムな位置で開裂します。開裂位置がヘアピンの頂点からずれると、短い一本鎖の突出が生じます。

Step 5(末端修飾):TdT(ターミナルデオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼ)がランダムなヌクレオチドを付加し(N付加)、エキソヌクレアーゼが一部のヌクレオチドを削り取ります。

Step 6(結合):NHEJ(非相同末端結合)修復機構がコーディング末端同士を結合し、V-D-J(またはV-J)の連続した配列を完成させます。シグナル末端同士も結合してシグナルジョイント(環状DNA)を形成しますが、これは後に失われます。

V(D)J組換えは「相同組換え」ではない

誤:V(D)J組換えは減数分裂の乗換え(相同組換え)と同じメカニズムで起こる

正:V(D)J組換えはRSS配列を目印とした部位特異的組換えであり、相同組換えとはまったく異なるメカニズムです。末端の結合にはNHEJ(非相同末端結合)が使われます。減数分裂の乗換えは長い相同配列の認識に基づきますが、V(D)J組換えはRSSという短い配列モチーフの認識に基づきます。

ここまでで、V(D)J組換えの基本的な分子機構がわかりました。しかし、V・D・Jセグメントの組合せだけでは多様性に限界があります。次のセクションでは、接合部で生じる「不正確さ」がどのように多様性を爆発的に増大させるかを見ていきます。

4接合部の多様性とクラススイッチ

組合せ的多様性の計算

まず、セグメントの組合せだけでどれだけの多様性が生まれるかを計算してみましょう。ヒトの重鎖では、約40種のV、約25種のD、6種のJセグメントがあるので、その組合せは次の通りです。

$$40 \times 25 \times 6 = 6{,}000$$

軽鎖($\kappa$ 鎖と $\lambda$ 鎖の合計)では、Dセグメントがないため、V $\times$ Jの組合せで約320種類が生じます。重鎖と軽鎖はランダムに組み合わさるので、組合せ的多様性の合計は次のようになります。

$$6{,}000 \times 320 = 1.9 \times 10^6$$

約200万種。確かに多いですが、$10^{11}$ にはほど遠い数字です。残りの膨大な多様性はどこから来るのでしょうか。

接合部多様性 ── N付加とP付加

答えは、セグメント同士の接合部で起こる「不正確な」修飾プロセスにあります。V(D)J組換えのStep 4〜5で述べたように、接合部では以下の修飾が起こります。

P付加(Palindromic addition):Artemisによるヘアピンの非対称な開裂により、短い回文配列(パリンドローム)の突出が生じます。この突出部分は「P-ヌクレオチド」と呼ばれます。

N付加(Non-templated addition):TdT(ターミナルデオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼ)が、鋳型なしにランダムなヌクレオチドを付加します。1つの接合部あたり平均して数個のヌクレオチドが付加されます。

エキソヌクレアーゼによる削り込み:一本鎖突出部分やコーディング末端の一部がエキソヌクレアーゼによって除去されます。

これらの修飾はすべてランダムに起こるため、同じV-D-Jの組合せでも接合部の配列は毎回異なります。重鎖にはV-D接合部とD-J接合部の2か所があり、各接合部で独立に多様性が生じます。

抗体多様性の見積もり

接合部1か所あたりの多様性は、削り込みの範囲とN付加のパターンを考慮すると数千から数万通りと見積もられます。重鎖の2つの接合部と軽鎖の1つの接合部で独立に多様性が生じるため、接合部多様性だけでも次の規模になります。

$$(\text{V-D}) \times (\text{D-J}) \times (\text{V-J in L}) \sim 10^4 \times 10^4 \times 10^3 = 10^{11}$$

組合せ的多様性(約 $2 \times 10^6$)と接合部多様性(約 $10^{11}$)を掛け合わせると、理論上の総多様性は $10^{17}$ を超えます。実際に体内で同時に存在するB細胞は $10^{10}$ 個程度ですが、原理的にはそれをはるかに超える多様性を生み出すポテンシャルがあります。

注目すべきは、接合部多様性が抗体のCDR3領域(相補性決定領域3)に集中することです。CDR3は抗原結合部位の中心に位置し、抗原認識の特異性を最も強く決定する領域です。つまり、多様性が生まれる場所と、多様性が最も必要とされる場所が一致しているのです。

クラススイッチ組換え

V(D)J組換えが抗体の「何を認識するか」(可変領域)を決めるのに対し、クラススイッチ組換え(CSR: Class Switch Recombination)は抗体の「何をするか」(定常領域 = エフェクター機能)を切り替えます。

免疫応答の初期にはIgMが産生されますが、ヘルパーT細胞からのシグナルを受けると、B細胞は重鎖の定常領域遺伝子を切り替えて、IgG、IgA、IgEなど異なるクラスの抗体を産生するようになります。

クラススイッチ組換えでは、AID(Activation-Induced Cytidine Deaminase:活性化誘導シチジンデアミナーゼ)という酵素が鍵を握ります。AIDは各定常領域遺伝子の上流にあるスイッチ領域(S領域)のDNA上でシトシンをウラシルに変換します。この変換がDNA修復機構を誘発し、最終的に2つのS領域間のDNAが切断・結合されます。これにより、可変領域はそのまま保持されながら定常領域だけが入れ替わり、抗原特異性は変わらずにエフェクター機能が切り替わります。

体細胞超変異(SHM)── もう1つの多様性増大機構

AIDはクラススイッチ組換えだけでなく、体細胞超変異(Somatic Hypermutation)にも関与します。AIDが可変領域遺伝子のDNA上で点変異を高頻度に導入し、抗原への親和性が高い変異体がリンパ節の胚中心で選択されます(親和性成熟)。通常の突然変異率が1塩基対あたり $10^{-9}$/細胞分裂程度であるのに対し、体細胞超変異では $10^{-3}$/塩基対/細胞分裂と約100万倍も高い頻度で変異が起こります。

ここまでで、抗体の多様性がV(D)J組換え、接合部多様性、体細胞超変異、クラススイッチという多層的な分子機構によって生み出されることがわかりました。しかし、これだけ多様な抗体やT細胞受容体を作って、自分自身の組織を攻撃しない保証はどこにあるのでしょうか。次のセクションで、MHCの抗原提示とT細胞の教育について見ていきます。

5MHCの抗原提示とT細胞の教育

MHCクラスIとクラスII ── 2つの提示経路

T細胞は、遊離の抗原を直接認識することができません。抗原は必ずMHC(Major Histocompatibility Complex:主要組織適合遺伝子複合体)分子の上に「提示」された形で認識されます。MHCには構造も機能も異なる2つのクラスがあります。

特徴 MHCクラスI MHCクラスII
発現する細胞 ほぼすべての有核細胞 抗原提示細胞(樹状細胞、マクロファージ、B細胞)
構造 $\alpha$ 鎖 + $\beta_2$-ミクログロブリン $\alpha$ 鎖 + $\beta$ 鎖
提示するペプチドの由来 細胞内で合成されたタンパク質(内因性抗原) 細胞外から取り込んだタンパク質(外因性抗原)
ペプチドの長さ 8〜10アミノ酸 13〜25アミノ酸
認識するT細胞 CD8$^+$ T細胞(キラーT細胞) CD4$^+$ T細胞(ヘルパーT細胞)
生理学的意味 ウイルス感染細胞やがん細胞の監視 免疫応答の司令塔への情報伝達

MHCクラスI経路 ── 細胞内の監視

MHCクラスI分子は「細胞の中で何が作られているか」を細胞表面に表示する窓のようなものです。正常な細胞では、自己タンパク質の断片がMHCクラスI上に提示されています。しかし、ウイルスに感染した細胞ではウイルスタンパク質の断片が、がん細胞では変異タンパク質の断片が提示されます。

具体的なメカニズムは次の通りです。細胞内のタンパク質はプロテアソーム(巨大なタンパク質分解装置)によってペプチドに分解されます。生じた8〜10アミノ酸のペプチドは、TAP(Transporter associated with Antigen Processing)によって小胞体内に輸送されます。小胞体内で、ペプチドはMHCクラスI分子のペプチド結合溝に装填され、安定した複合体が細胞表面へと運ばれます。

MHCクラスII経路 ── 外来抗原の報告

MHCクラスII分子は「細胞の外に何があるか」を報告するシステムです。樹状細胞やマクロファージなどの抗原提示細胞が、エンドサイトーシスで取り込んだタンパク質をエンドソーム内でプロテアーゼによって分解し、生じた13〜25アミノ酸のペプチドをMHCクラスII分子に装填して細胞表面に提示します。

ここで巧妙なのは、MHCクラスII分子が小胞体で合成される際に、インバリアント鎖(Ii鎖)というタンパク質がペプチド結合溝を塞いでいることです。これにより、小胞体内にある自己タンパク質由来のペプチド(MHCクラスIに装填されるべきもの)がMHCクラスII分子に誤って装填されることが防がれます。エンドソームに到達してからIi鎖が分解され、代わりに外来ペプチドが装填されます。

T細胞の教育 ── 胸腺での正の選択と負の選択

T細胞もB細胞と同様にV(D)J組換えによって多様なT細胞受容体(TCR)を生成します。しかし、ランダムに生成されたTCRの中には、自己MHCを認識できないもの(役に立たない)や、自己抗原に強く反応するもの(自己免疫疾患を引き起こす)が多数含まれます。

そこで、T細胞は胸腺(thymus)で厳しい選抜を受けます。骨髄で生まれた未熟なT細胞前駆体が胸腺に移動し、そこで2段階の選択を経て成熟します。

正の選択(positive selection):胸腺皮質の上皮細胞がMHCクラスIまたはクラスII上に自己ペプチドを提示しています。未熟なT細胞のうち、これらの自己MHC-ペプチド複合体と「適度に」結合できるものだけが生存シグナルを受け取ります。自己MHCをまったく認識できないT細胞はアポトーシスを起こします。つまり、正の選択は「自己MHCを認識できる」という最低限の機能保証です。

負の選択(negative selection):正の選択を通過したT細胞は胸腺髄質に移動し、今度は自己抗原に「強く」反応するかどうかがテストされます。胸腺髄質の上皮細胞は、AIRE(Autoimmune Regulator)という転写因子の働きにより、本来は特定の組織でしか発現しないタンパク質(インスリン、甲状腺ホルモン合成酵素など)を異所的に発現しています。自己抗原に強く反応するT細胞はアポトーシスにより除去されます。

AIREの異所的発現 ── なぜ胸腺で「全身のタンパク質」が発現するのか

T細胞が全身のどの組織も攻撃しないことを保証するには、胸腺で「全身のタンパク質」に対する反応性をテストする必要があります。AIRE(Autoimmune Regulator)は胸腺髄質上皮細胞で発現する転写因子で、通常は組織特異的に発現する数千種類の遺伝子を胸腺内で発現させます。

AIREの重要性は、AIRE遺伝子が欠損したヒトで証明されています。AIRE欠損症(APS-1:自己免疫性多腺性症候群1型)の患者では、副甲状腺機能低下症、副腎不全、慢性粘膜皮膚カンジダ症など、複数の臓器に対する自己免疫疾患が同時に発症します。これは、AIREが欠損したことで組織特異的タンパク質に反応するT細胞が負の選択を逃れ、全身を攻撃するためです。

この2段階の選択により、胸腺に入ったT細胞前駆体の95%以上がアポトーシスにより除去されます。残りの数%だけが「自己MHCは認識できるが、自己抗原には強く反応しない」という条件を満たした成熟T細胞として末梢に放出されます。一見すると極端な無駄に見えますが、これが自己免疫疾患を防ぐための根本的な安全保証なのです。

「自己」と「非自己」の区別は白黒ではない

誤:T細胞は自己と非自己を完璧に区別できる。自己に反応するT細胞は胸腺ですべて除去される。

正:負の選択で除去されるのは自己抗原に「強く」反応するT細胞であり、「弱く」反応するT細胞は一部が末梢に放出されます。これらは通常、制御性T細胞(Treg)などの末梢性寛容機構によって抑制されています。この末梢性寛容が破綻すると自己免疫疾患が発症します。免疫寛容は胸腺での「中枢性寛容」と末梢での「末梢性寛容」の二重の仕組みで維持されています。

ここまでで、免疫系が多様性を生み出す仕組み(V(D)J組換え)と、自己を攻撃しない保証の仕組み(胸腺での選択)の両方が明らかになりました。次のセクションでは、この知識を医療に応用したがん免疫療法について見ていきます。

6応用・発展 ── がん免疫療法の分子基盤

がんと免疫 ── なぜ免疫系はがんを見逃すのか

ここまで学んできた通り、MHCクラスI分子は細胞内のタンパク質断片を常に提示しています。がん細胞は遺伝子変異によって異常なタンパク質(ネオアンチゲン)を産生しており、その断片はMHCクラスIに提示されるはずです。したがって、免疫系はがん細胞を「異常な細胞」として認識し攻撃できるはずです。

実際、免疫系は日常的にがん細胞を排除しています(免疫監視機構)。しかし、一部のがん細胞は免疫からの攻撃を回避する巧妙な戦略を進化させます。その代表的なメカニズムが免疫チェックポイントの悪用です。

PD-1/PD-L1 ── 免疫のブレーキ

T細胞の表面には、活性化を抑制するPD-1(Programmed Death-1)という受容体が発現しています。PD-1は、そのリガンドであるPD-L1(Programmed Death-Ligand 1)と結合すると、T細胞に抑制シグナルを送ります。

本来、PD-1/PD-L1経路は免疫応答の過剰な活性化を防ぐ「ブレーキ」として機能します。正常組織がPD-L1を発現することで、活性化T細胞による不必要な組織傷害を防いでいるのです。しかし、多くのがん細胞はPD-L1を高発現させることでこのブレーキを悪用し、T細胞からの攻撃を逃れます。

2018年のノーベル生理学・医学賞は、この免疫チェックポイント機構の発見に対して、本庶佑(PD-1の発見)とJames Allison(CTLA-4の研究)に授与されました。

免疫チェックポイント阻害薬

PD-1/PD-L1の相互作用を抗体で阻害すれば、がん細胞がかけていたブレーキを解除し、T細胞ががん細胞を攻撃できるようになります。これが免疫チェックポイント阻害薬の原理です。

ニボルマブ(抗PD-1抗体)やペムブロリズマブ(抗PD-1抗体)は、PD-1に結合してPD-L1との相互作用をブロックします。アテゾリズマブ(抗PD-L1抗体)はPD-L1側に結合して同様の効果を発揮します。これらの薬剤は、悪性黒色腫、非小細胞肺がん、腎細胞がんなど多くのがん種で有効性が示されています。

免疫チェックポイント阻害薬の副作用 ── 免疫関連有害事象

免疫チェックポイント阻害薬は免疫の「ブレーキを外す」薬であるため、正常組織への免疫攻撃(自己免疫様の副作用)が問題になります。これを免疫関連有害事象(irAE: immune-related Adverse Event)と呼びます。甲状腺炎、大腸炎、肝炎、皮疹など多岐にわたります。これは、先に述べた末梢性寛容のバランスが薬によって崩れた結果であり、免疫系の「多様性を活かしつつ自己を傷つけない」という設計の精妙さを裏から証明しています。

CAR-T細胞療法 ── 遺伝子工学で免疫を設計する

免疫チェックポイント阻害薬とは別のアプローチとして、患者自身のT細胞にがん細胞を認識する人工的な受容体(CAR: Chimeric Antigen Receptor)を遺伝子導入するCAR-T細胞療法があります。CARは抗体の可変領域(抗原認識部分)とT細胞の細胞内シグナル伝達ドメインを融合した人工タンパク質で、MHCによる抗原提示を介さずにがん細胞の表面抗原を直接認識できます。B細胞性急性リンパ芽球性白血病などの血液がんで劇的な効果が報告されています。

がん免疫療法は、V(D)J組換えによる抗体・TCRの多様性、MHCによる抗原提示、T細胞の教育という免疫の基本原理を理解してこそ、その作用機序と限界を正しく把握できます。次のセクションでは、本記事の内容が他の記事とどのようにつながるかを整理します。

7つながりマップ

免疫の分子設計は、DNA修復、タンパク質科学、シグナル伝達と密接に関連しています。

  • B-6-1 DNA修復の多重防御:V(D)J組換えの最終ステップでは、NHEJ(非相同末端結合)によるDNA修復機構が使われます。NHEJ経路の詳細な分子機構はDNA修復の記事で扱います。免疫系は、通常はゲノムの安定性を守るDNA修復機構を、多様性の創出に「転用」しているのです。
  • B-9-2 アポトーシスの分子機構:胸腺でのT細胞の正の選択・負の選択では、選択に落ちた細胞がアポトーシスにより除去されます。カスパーゼカスケードの分子機構はアポトーシスの記事で詳しく扱います。
  • B-5-2 シグナル伝達の設計原理:T細胞の活性化シグナルとPD-1による抑制シグナルのバランスは、シグナル伝達の設計原理(増幅、スイッチ、フィードバック)の具体例です。免疫チェックポイントは、シグナル伝達における「負のフィードバック」の一種と見なせます。

それでは最後に、本記事の要点をまとめましょう。

Sまとめ
  • V(D)J組換えでは、RAG1/RAG2がRSS配列(12/23ルール)に従ってDNAを切断し、V・D・Jセグメントをランダムに結合する。これにより組合せ的多様性(重鎖で約6,000通り)が生まれる。
  • 接合部でのN付加(TdTによるランダムなヌクレオチド付加)、P付加、エキソヌクレアーゼによる削り込みが接合部多様性をもたらし、組合せ的多様性と掛け合わせて $10^{11}$ 種以上の抗体多様性を実現する。
  • クラススイッチ組換えはAIDによるS領域での変異導入を起点とし、可変領域(抗原特異性)を保ったまま定常領域(エフェクター機能)を切り替える。
  • MHCクラスIは細胞内タンパク質の断片をCD8$^+$ T細胞に、MHCクラスIIは外来タンパク質の断片をCD4$^+$ T細胞に提示する。2つの経路で免疫系は細胞の内外を監視する。
  • 胸腺での正の選択(自己MHCを認識できるか)と負の選択(自己抗原に強く反応しないか)により、T細胞の95%以上が除去され、自己免疫の防止が保証される。PD-1/PD-L1などの免疫チェックポイントの理解は、がん免疫療法の基盤となる。

9確認テスト

理解度チェック

Q1. V(D)J組換えにおける12/23ルールとは何ですか。このルールがなぜ重要かを、重鎖の例を使って説明してください。

クリックして解答を表示 12/23ルールとは、V(D)J組換えが12塩基対スペーサーを持つRSS(12-RSS)と23塩基対スペーサーを持つRSS(23-RSS)のペア間でのみ起こるというルールです。重鎖ではVセグメントに23-RSS、Dセグメントの両側に12-RSS、Jセグメントに23-RSSが隣接しています。このため、V-D結合(23と12)とD-J結合(12と23)は許可されますが、Dセグメントを飛ばしたV-J結合(23と23)は禁止されます。これにより、組換えの順序が正しく制御されます。

Q2. 組合せ的多様性だけでは抗体の多様性は約 $2 \times 10^6$ 種にとどまります。$10^{11}$ 種以上の多様性を生み出す残りの仕組みを2つ挙げ、それぞれ説明してください。

クリックして解答を表示 (1) N付加:TdT(ターミナルデオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼ)がV-DおよびD-Jの接合部に鋳型なしでランダムなヌクレオチドを付加します。(2) P付加とエキソヌクレアーゼによる削り込み:Artemisによるヘアピンの非対称な開裂でパリンドローム配列(P-ヌクレオチド)が生じ、さらにエキソヌクレアーゼによる削り込みが起こります。これらの接合部多様性が組合せ的多様性と掛け合わされることで、$10^{11}$ 種以上の多様性が実現します。

Q3. MHCクラスIとクラスIIの抗原提示経路の最大の違いを、「提示する抗原の由来」と「認識するT細胞」の観点から述べてください。

クリックして解答を表示 MHCクラスIは細胞内で合成されたタンパク質(内因性抗原)の断片をCD8$^+$ T細胞(キラーT細胞)に提示します。MHCクラスIIは細胞外から取り込んだタンパク質(外因性抗原)の断片をCD4$^+$ T細胞(ヘルパーT細胞)に提示します。クラスIは「細胞の中で何が起きているか」を報告し、クラスIIは「細胞の外に何があるか」を報告するシステムです。

Q4. 胸腺での「正の選択」と「負の選択」はそれぞれ何を保証するプロセスですか。

クリックして解答を表示 正の選択は「T細胞が自己MHC分子を認識できること」を保証するプロセスです。自己MHC-ペプチド複合体と適度に結合できるT細胞のみが生存します。負の選択は「T細胞が自己抗原に強く反応しないこと」を保証するプロセスです。AIRE転写因子により胸腺で異所的に発現した自己抗原に強く反応するT細胞はアポトーシスにより除去されます。この二重の選択により、「機能的かつ安全な」T細胞だけが末梢に放出されます。

10演習問題

問1 A 計算

ヒトの免疫グロブリン重鎖遺伝子座には約40種のVセグメント、約25種のDセグメント、6種のJセグメントがある。軽鎖($\kappa$ 鎖と $\lambda$ 鎖の合計)には約40種のVセグメントと8種のJセグメントがある。重鎖と軽鎖の組合せ的多様性の合計を計算せよ。

クリックして解答を表示
解答

重鎖の組合せ:$40 \times 25 \times 6 = 6{,}000$ 通り

軽鎖の組合せ:$40 \times 8 = 320$ 通り

重鎖 $\times$ 軽鎖:$6{,}000 \times 320 = 1{,}920{,}000 \approx 1.9 \times 10^6$ 通り

解説

組合せ的多様性だけでは約200万通りであり、実際の抗体多様性($10^{11}$ 種以上)には5桁以上不足します。この差を埋めるのが接合部多様性(N付加・P付加・削り込み)と体細胞超変異です。

問2 A 知識

次の(1)〜(4)のそれぞれについて、関与する分子(酵素やタンパク質)の名前を答えよ。

(1) V(D)J組換えにおけるRSS配列の認識とDNAの切断

(2) 接合部へのランダムなヌクレオチドの付加

(3) クラススイッチ組換えにおけるシトシンからウラシルへの変換

(4) 胸腺髄質上皮細胞での組織特異的タンパク質の異所的発現

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解答

(1) RAG1/RAG2(リコンビナーゼ)

(2) TdT(ターミナルデオキシヌクレオチジルトランスフェラーゼ)

(3) AID(活性化誘導シチジンデアミナーゼ)

(4) AIRE(Autoimmune Regulator)

解説

免疫の多様性と自己寛容を実現する分子機構のそれぞれに、特定の酵素・タンパク質が対応しています。RAG1/RAG2はリンパ球でのみ発現するため、V(D)J組換えはリンパ球に限定されます。AIDはクラススイッチ組換えと体細胞超変異の両方に関与します。AIREの欠損は多臓器自己免疫疾患(APS-1)を引き起こします。

問3 B 論述

MHCクラスI分子とMHCクラスII分子の抗原提示経路を比較し、次の点について説明せよ。

(a) 各経路でペプチドが生成される場所と、そのペプチドがMHCに装填される仕組み

(b) 2つの経路が異なるT細胞サブセットを活性化することの生理学的意義

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解答

(a) MHCクラスI経路では、細胞内のタンパク質がプロテアソームで分解され、生じたペプチド(8〜10アミノ酸)がTAPトランスポーターにより小胞体に輸送され、小胞体内でMHCクラスI分子に装填されます。MHCクラスII経路では、エンドサイトーシスで取り込まれた外来タンパク質がエンドソーム内のプロテアーゼで分解され、生じたペプチド(13〜25アミノ酸)がエンドソーム内でMHCクラスII分子に装填されます。クラスII分子は小胞体でインバリアント鎖(Ii鎖)によりペプチド結合溝が塞がれており、エンドソームでIi鎖が分解されてから外来ペプチドが装填されます。

(b) MHCクラスIがCD8$^+$キラーT細胞を活性化するのは、「細胞内に異常なタンパク質がある」=「その細胞自体がウイルス感染やがん化している」ことを意味するため、その細胞を直接殺す必要があるからです。MHCクラスIIがCD4$^+$ヘルパーT細胞を活性化するのは、「細胞外に病原体がいる」ことを抗原提示細胞が報告しており、B細胞の活性化(抗体産生)やマクロファージの活性化など、多面的な免疫応答を「司令」する必要があるからです。

解説

2つの抗原提示経路は、「どこに敵がいるか」に応じて最適なエフェクター機構を選択するための仕組みです。細胞内の敵(ウイルス、がん)にはキラーT細胞による直接攻撃、細胞外の敵(細菌、毒素)にはヘルパーT細胞を介した抗体産生や貪食細胞の活性化で対応します。

問4 B 論述

胸腺での正の選択と負の選択のそれぞれについて、次の問いに答えよ。

(a) 各選択が行われる胸腺内の場所と、選択を担う細胞の種類を述べよ。

(b) 仮にAIRE遺伝子が欠損したマウスでは、負の選択にどのような影響が生じるか。予想される表現型を説明せよ。

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解答

(a) 正の選択は胸腺皮質で行われ、胸腺皮質上皮細胞が自己MHC-ペプチド複合体を提示して選択を担います。負の選択は主に胸腺髄質で行われ、胸腺髄質上皮細胞および樹状細胞が自己抗原を提示して選択を担います。

(b) AIREが欠損すると、胸腺髄質上皮細胞は組織特異的タンパク質(インスリンや甲状腺ホルモン合成酵素など)を発現できなくなります。その結果、これらの自己抗原に反応するT細胞が負の選択を逃れて末梢に放出され、多臓器にわたる自己免疫疾患が発症します。実際にAIRE欠損マウスでは、膵島炎、甲状腺炎、胃炎など複数の臓器で自己免疫性の炎症が観察されます。

解説

AIREの機能は「胸腺を全身の縮図にする」ことです。AIRE欠損実験は、胸腺での負の選択が自己免疫の防止に不可欠であることを直接的に証明した重要な実験です。ヒトでもAIRE遺伝子の変異によるAPS-1(自己免疫性多腺性症候群1型)が知られています。

問5 C 発展

がん細胞がPD-L1を高発現させることで免疫から逃避するメカニズムと、免疫チェックポイント阻害薬の作用機序について、以下の問いに答えよ。

(a) PD-1/PD-L1経路の本来の生理的役割を説明せよ。

(b) がん細胞がPD-L1を高発現させると、がん特異的なCD8$^+$ T細胞にどのような影響が生じるか説明せよ。

(c) 抗PD-1抗体による治療で自己免疫様の副作用(免疫関連有害事象)が生じる理由を、本記事で学んだ免疫寛容の仕組みと関連づけて論じよ。

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解答

(a) PD-1は活性化T細胞に発現する抑制性受容体であり、PD-L1は正常組織にも発現するそのリガンドです。PD-1/PD-L1経路は免疫応答が過剰に活性化することを防ぐ負のフィードバック機構として機能し、正常組織への不必要な免疫攻撃を抑制しています。これは末梢性寛容機構の一つです。

(b) がん細胞がPD-L1を高発現させると、がん細胞を認識して活性化したCD8$^+$ T細胞のPD-1にPD-L1が結合し、T細胞に抑制シグナルが送られます。これにより、T細胞は「疲弊」(exhaustion)状態に陥り、細胞傷害活性やサイトカイン産生が低下して、がん細胞を効果的に排除できなくなります。

(c) 抗PD-1抗体はPD-1/PD-L1経路を遮断します。この経路はがん細胞だけでなく正常組織に対する免疫抑制にも関わっているため、遮断すると正常組織に対するT細胞の攻撃も解除されます。胸腺での負の選択は自己抗原に「強く」反応するT細胞を除去しますが、「弱く」反応するT細胞は末梢に存在しており、PD-1/PD-L1経路などの末梢性寛容機構によって通常は抑制されています。抗PD-1抗体でこの抑制が外れると、これらの自己反応性T細胞が活性化し、甲状腺炎や大腸炎などの自己免疫様副作用が生じます。免疫系は中枢性寛容(胸腺での選択)と末梢性寛容(PD-1経路など)の二重の仕組みで自己免疫を防いでおり、後者を薬で破壊すると前者だけでは自己免疫を完全に防げないのです。

解説

この問題は、免疫寛容の多層構造とがん免疫療法の副作用を結びつけて理解することを求めています。免疫チェックポイント阻害薬の効果と副作用は同じコインの裏表であり、免疫の「多様性を活かしつつ自己を傷つけない」という設計原理を深く理解していなければ説明できません。