自然選択は「自分の子を多く残す個体が有利になる」仕組みです。それなのに、ミツバチの働きバチはなぜ自ら繁殖せず、女王バチのために命がけで働くのでしょうか。高校生物ではこの問いに対して「血縁関係のある個体を助けることで、間接的に遺伝子を残している」と定性的に答えます。しかし、「どの程度の血縁関係があれば利他行動は進化するのか」「なぜハチやアリで真社会性が多いのか」という問いには答えられません。
1964年、W. D. ハミルトンは $rB > C$ というたった一つの不等式で、この問いに革命的な回答を与えました。遺伝子の視点で見れば、利他行動は「利己的」だったのです。この記事では、包括適応度の概念からハミルトンの法則を数理的に導出し、血縁度 $r$ の計算方法、半倍数性と真社会性の関係、そして協力の進化をめぐる現代の理論的展開までを一本の筋でたどります。
高校生物では、動物の行動を走性・本能行動・学習に分類し、さまざまな具体例を学びます。そのなかで特に不思議なのが利他行動(altruistic behavior)です。自分自身の繁殖成功を下げてでも、他個体の繁殖成功を高める行動のことです。
高校の教科書で頻繁に取り上げられるのが、ミツバチの働きバチの行動です。働きバチはすべてメスですが、通常は繁殖せず、巣の防衛・育児・採餌に生涯を費やします。外敵が巣に近づくと、働きバチは刺針で攻撃しますが、針にはかえしがあるため刺した個体は内臓ごと引き抜かれて死にます。自分の命を犠牲にして巣を守るこの行動は、自然選択の理論と矛盾するように見えます。
カール・フォン・フリッシュが解明したミツバチの8の字ダンス(尻振りダンス)も高校で学ぶ内容です。採餌から帰った働きバチが巣の中でダンスを踊り、花の方向と距離を仲間に伝えます。この行動は直接的には自分の利益にならず、仲間の採餌効率を高める利他的な情報共有です。
高校生物では、利他行動の説明として「血縁関係にある個体を助けることで、自分と共通の遺伝子を間接的に残している」と習います。これ自体は正しい直観ですが、定量的な裏づけがありません。「親子と兄弟で利他行動の出やすさは同じなのか」「どこまでの血縁なら利他行動は進化するのか」「なぜハチやアリには真社会性が見られるのに、他の昆虫では見られないのか」という問いに答える道具がないのです。次のセクションで、ハミルトンがこれらの問いにどう答えたかを見ていきましょう。
ダーウィンの自然選択は「個体」の繁殖成功で考えると利他行動を説明できません。ハミルトンの革命的洞察は、選択の単位を「個体」から「遺伝子」に転換したことです。ある遺伝子が自分のコピーを次世代に残す経路は2つあります。(1) 自分自身が子を産む(直接適応度)、(2) 同じ遺伝子を持つ血縁者の繁殖を助ける(間接適応度)。この2つの合計が包括適応度(inclusive fitness)です。
利他行動が進化する条件は、行為者が支払うコスト $C$ よりも、受益者が得る利益 $B$ に血縁度 $r$ を掛けた値のほうが大きいこと、すなわち $rB > C$ です。これがハミルトンの法則であり、利他行動の進化を定量的に予測する強力な道具です。
この不等式はどのように導かれるのでしょうか。まず、包括適応度の概念を定式化し、そこからハミルトンの法則を導出します。
利他行動の進化を考えるために、シンプルなモデルを設定しましょう。ある集団のなかに、利他行動をコードする対立遺伝子 $A$ と、利他行動を行わない対立遺伝子 $a$ があるとします。遺伝子 $A$ を持つ個体(行為者)は、近くにいる別の個体(受益者)に対して利他行動を行います。
ここで血縁度 $r$ とは、「行為者が持つある遺伝子のコピーが、共通祖先からの由来(同祖的:identical by descent, IBD)として受益者にも存在する確率」です。直観的には、行為者と受益者がどれだけ遺伝的に似ているかの指標です。
遺伝子 $A$ の視点で考えます。遺伝子 $A$ を持つ行為者が利他行動を行うとき、遺伝子 $A$ の次世代へのコピー数はどう変化するでしょうか。
まず、行為者自身の繁殖成功が $C$ だけ低下するので、遺伝子 $A$ のコピーは $C$ だけ減少します(行為者は確実に $A$ を持っている)。一方、受益者の繁殖成功が $B$ だけ上昇しますが、受益者が $A$ を持っている確率は $r$ です。したがって、受益者の繁殖成功の増加のうち、遺伝子 $A$ のコピー増加に貢献する分は $rB$ です。
遺伝子 $A$ にとっての正味の利得(包括適応度の変化)$\Delta W$ は次のようになります。
$$\Delta W = -C + rB$$
遺伝子 $A$(すなわち利他行動)が集団中で広まるための条件は $\Delta W > 0$、つまり次の不等式です。
$$rB > C$$
$r$:行為者と受益者の間の血縁度(0 から 1 の値)。$B$:受益者が受け取る適応度の利益(benefit)。$C$:行為者が支払う適応度のコスト(cost)。この不等式が成り立つとき、利他行動をコードする遺伝子は自然選択により集団中で増加する。
上の直観的な導出をより厳密にするため、George Price(1970)が導いたPrice方程式を使った導出の骨格を示します。
Price方程式は、ある形質(ここでは利他行動の遺伝子頻度 $p$)の世代間変化を次のように書きます。
$$\bar{w} \Delta p = \mathrm{Cov}(w_i, p_i)$$
ここで $\bar{w}$ は集団の平均適応度、$w_i$ は個体 $i$ の適応度、$p_i$ は個体 $i$ における対立遺伝子 $A$ の頻度(0, 1/2, 1 のいずれか)です。$\mathrm{Cov}$ は集団内の共分散です。
利他行動のモデルでは、個体 $i$ の適応度を $w_i = w_0 - C \cdot g_i + B \cdot \bar{g}_{-i}$ と書けます。$g_i$ は個体 $i$ が利他行動をとるか($A$ を持つか)の指標変数、$\bar{g}_{-i}$ は $i$ の社会的パートナーのうち利他行動をとる個体の割合です。
これをPrice方程式に代入し、$\mathrm{Cov}(g_i, \bar{g}_{-i}) / \mathrm{Var}(g_i) = r$(回帰による血縁度の定義)を使うと、$\Delta p > 0$ の条件として $rB - C > 0$ が得られます。
この不等式は、直観的にはとても明快なことを述べています。利他行動が進化するためには、血縁度が高いほど、受益者の利益が大きいほど、行為者のコストが小さいほど有利です。J. B. S. ホールデンが冗談めかして「2人の兄弟または8人のいとこのためなら川に飛び込もう」と言ったのは、まさにこの法則の直観的表現です。兄弟の $r = 1/2$ なので $2 \times (1/2) = 1$、いとこの $r = 1/8$ なので $8 \times (1/8) = 1$ であり、自分の命(コスト1に相当)と釣り合うのです。
しかし、この法則を使うためには、具体的な血縁度 $r$ の値を計算できなければなりません。次のセクションでは、$r$ の計算方法と、膜翅目昆虫の特殊な遺伝システムがもたらす驚くべき帰結を見ていきます。
ヒトのような二倍体生物では、各個体は各遺伝子座について2つの対立遺伝子を持ちます。血縁度 $r$ は、「行為者が持つある対立遺伝子が、共通祖先を経由して受益者にも存在する確率」として計算されます。
計算の基本的な考え方を親子関係で見てみましょう。親は特定の遺伝子座に2つの対立遺伝子($A_1$ と $A_2$)を持っています。子に伝わるのはそのうち1つ(確率 $1/2$)です。したがって、親子間の血縁度は $r = 1/2$ です。
全きょうだい(同じ両親から生まれた兄弟姉妹)の場合を考えます。兄が持つある対立遺伝子が父親由来である確率は $1/2$ で、その同じ対立遺伝子が弟にも伝わる確率は $1/2$ です。母親由来についても同様です。したがって、全きょうだい間の血縁度は $r = 1/2 \times 1/2 + 1/2 \times 1/2 = 1/2$ です。
| 血縁関係 | 二倍体での $r$ | 計算の根拠 |
|---|---|---|
| 親子 | $1/2$ | 2つの対立遺伝子のうち1つが伝わる |
| 全きょうだい | $1/2$ | 父由来 $1/2 \times 1/2$ + 母由来 $1/2 \times 1/2$ |
| 祖父母-孫 | $1/4$ | 2世代の伝達:$1/2 \times 1/2$ |
| おじ/おば-甥/姪 | $1/4$ | きょうだい経由:$1/2 \times 1/2$ |
| いとこ | $1/8$ | 祖父母経由:$1/2 \times 1/2 \times 1/2$ |
ここからが、ハミルトンの法則と真社会性昆虫をつなぐ決定的なポイントです。ミツバチ・アリ・スズメバチなどの膜翅目(Hymenoptera)は、半倍数性(haplodiploidy)という特殊な性決定システムを持ちます。
この仕組みが血縁度の計算に劇的な影響を与えます。
女王バチ(二倍体)は1匹のオス(半数体)と交尾します。オスは半数体なので、精子はすべて遺伝的に同一です。つまり、父親由来の対立遺伝子は姉妹間で必ず共有されます(確率1)。
母親(女王)由来の対立遺伝子は、通常の二倍体と同じく確率 $1/2$ で共有されます。
したがって、姉妹間の血縁度は次のようになります。
$$r_{\text{sister-sister}} = \frac{1}{2} \times 1 + \frac{1}{2} \times \frac{1}{2} = \frac{3}{4}$$
一方、メスの働きバチが自分で子を産んだ場合(仮に交尾できたとして)、母子間の血縁度は通常通り $r = 1/2$ です。
半倍数性のもとでは、姉妹間の血縁度($r = 3/4$)が、母子間の血縁度($r = 1/2$)を上回ります。これは、働きバチにとって「自分で子を産む」よりも「女王(母)に新しい姉妹を産んでもらう」ほうが、遺伝的により有利であることを意味します。ハミルトンの法則 $rB > C$ において、$r$ が大きいほど利他行動は進化しやすくなるので、半倍数性は真社会性の進化を促進する条件となります。
| 血縁関係 | 二倍体での $r$ | 半倍数性での $r$ |
|---|---|---|
| 母-娘(女王-働きバチ) | $1/2$ | $1/2$ |
| 姉妹(働きバチ同士) | $1/2$ | $3/4$ |
| 姉妹-弟(働きバチ-雄バチ) | $1/2$ | $1/4$ |
| 母-息子(女王-雄バチ) | $1/2$ | $1/2$ |
誤:半倍数性だから真社会性が進化した
正:半倍数性は姉妹間の血縁度を上げる要因の一つだが、十分条件ではない。女王が複数のオスと交尾する(多回交尾)場合、働きバチ間の血縁度は $3/4$ より低下する。また、真社会性は半倍数性を持たないシロアリやハダカデバネズミにも見られる。半倍数性は真社会性を促進する一因であるが、巣の構造や亜社会性の祖先的状態など他の要因も重要である。
このように、血縁度 $r$ の計算はハミルトンの法則を具体的な系に適用するための鍵です。しかし、協力行動の進化は血縁選択だけでは説明しきれません。次のセクションでは、血縁選択を超えた協力の進化メカニズムを概観します。
ハミルトンの法則の核心は、利他行動の遺伝子と同じ遺伝子を持つ個体を助けることです。血縁度 $r$ はその確率の統計的な指標ですが、もし「利他行動の遺伝子を持つ個体」を直接識別できたらどうなるでしょうか。
リチャード・ドーキンスは『利己的な遺伝子』(1976)のなかで、次のような架空の遺伝子を想像しました。(1) 自分が発現すると緑色のひげが生える、(2) 緑色のひげを持つ個体を認識できる、(3) その個体に対して利他的にふるまう。この3つの効果を1つの遺伝子(またはきわめて密に連鎖した遺伝子群)が持つ場合、血縁関係がなくても利他行動が進化し得ます。これがグリーンビアード効果(green-beard effect)です。
長らく思考実験と考えられていましたが、粘菌 Dictyostelium discoideum の $csA$ 遺伝子や、アカヒアリ Solenopsis invicta の超遺伝子 $Gp\text{-}9$ など、実際の例が発見されています。ただし、認識・行動・利他性の3機能を1つの遺伝子座に担わせる必要があるため、きわめてまれな進化的解決策です。
血縁関係のない個体間でも協力が進化するもう一つの経路は、直接互恵(direct reciprocity)です。ロバート・トリヴァース(1971)が提唱したこのメカニズムは、「今日あなたを助ければ、明日あなたが私を助けてくれる」という繰り返しゲームの論理に基づいています。
B-2-2(進化ゲーム理論)で学んだ繰り返し囚人のジレンマがまさにこの状況をモデル化しています。アクセルロッドとハミルトン(1981)は、「しっぺ返し」(Tit-for-Tat)戦略が繰り返しゲームにおいて協力を安定化できることを示しました。直接互恵が成立するためには、(1) 同じ個体と繰り返し出会うこと、(2) 相手を個体識別できること、(3) 裏切り者を罰する(次回以降に協力しない)ことが必要です。
間接互恵(indirect reciprocity)は、直接のお返しがなくても、「良い評判」を介して協力が進化するメカニズムです。ノヴァクとシグムンド(1998)は、個体が過去の行動履歴に基づく「イメージスコア」を持ち、スコアの高い個体を助ける戦略が進化し得ることを理論的に示しました。ヒト社会における道徳・名声システムの進化的起源として注目されています。
集団が空間的に構造化されている場合(個体が格子状に配置され、近隣の個体とのみ相互作用する場合など)、協力者同士がクラスターを形成し、裏切り者の侵入を阻止できます。ノヴァク(2006)は、協力の進化を促進する5つの一般的メカニズムとして、(1) 血縁選択、(2) 直接互恵、(3) 間接互恵、(4) ネットワーク互恵(空間構造)、(5) 群選択(マルチレベル選択)を整理しました。
利他行動の進化を「群選択」(利他的な個体が多い群が繁栄する)で説明する立場と、「血縁選択」(遺伝子の視点から包括適応度で説明する)立場の間には、長い論争の歴史があります。1960年代にウィン=エドワーズが群選択を提唱し、これにハミルトンやメイナード=スミスが血縁選択で反論しました。
現代では、数学的にはマルチレベル選択と血縁選択は同じ現象の異なる記述であり、Price方程式を使えば両者は等価であることが示されています(Lehmann & Keller, 2006)。ただし、どちらの視点が生物学的に有用かについては依然として議論が続いています。2010年にはノヴァクらが「血縁選択は不要」と主張する論文を Nature に発表し、100名以上の進化生物学者が反論するという大論争が起きました。
協力の進化はハミルトンの法則だけで完結するものではなく、さまざまなメカニズムが補完的に作用しています。次のセクションでは、ハミルトンの法則の経験的検証と、理論の限界をめぐる現代の議論を見ていきましょう。
理論の正しさは、定量的な予測が実際のデータと一致するかで検証されます。ハミルトンの法則からは、いくつかの具体的な予測が導かれます。
予測1:真社会性は半倍数性の生物で多い。 実際、独立に真社会性が進化した系統は、膜翅目(ハチ・アリ・スズメバチ)で少なくとも8回以上と突出しています。ただし、前のセクションで触れたように、シロアリ(二倍体)やハダカデバネズミ(二倍体の哺乳類)にも真社会性が見られるため、半倍数性は必須条件ではありません。
予測2:女王が多回交尾すると、働きバチ間の血縁度が低下し、コロニー内の対立が増す。 ミツバチの女王は実際に10匹以上のオスと交尾するため、働きバチ間の平均血縁度は $3/4$ よりかなり低くなります(異父姉妹間では $r = 1/4$)。これと整合するように、「ワーカーポリシング」と呼ばれる行動が観察されています。働きバチが自分で産んだ未受精卵(雄バチになる)を、他の働きバチが食べてしまうのです。多回交尾のコロニーでは、働きバチの息子($r = 1/2$)よりも女王の息子($r$ が低い)のほうが平均的にコロニー全体の包括適応度を高めるため、このような「取り締まり」が進化したと考えられています。
ハミルトンの法則のエレガントな応用として、トリヴァースとヘア(1976)による膜翅目の性比の予測があります。半倍数性のもとで、働きバチにとっての血縁度は姉妹に対して $r = 3/4$、弟に対して $r = 1/4$ です。したがって、もし働きバチがコロニーの性比を制御できるなら、メスとオスの投資比を $3 : 1$ にすることが包括適応度を最大にします。一方、女王にとっては息子も娘も $r = 1/2$ なので、$1 : 1$ が最適です。
多くのアリの研究で、実際の性比(繁殖個体への投資比)が $1 : 1$ と $3 : 1$ の間にあり、働きバチの影響力が強い種ほど $3 : 1$ に近づくことが確認されています。これはハミルトンの法則の定量的予測力を示す最も成功した検証例の一つです。
ハミルトンの法則を学んだ今、高校で習った利他行動の例を再解釈してみましょう。
ヒトの利他行動は血縁選択だけでは説明しきれません。ヒトは血縁関係のない他人にも広く協力し、見知らぬ人に寄付をし、献血をします。これは直接互恵・間接互恵(評判)・文化的規範・制度的な罰と報酬など、複数のメカニズムが重層的に作用した結果と考えられています。ただし、遺産相続や危機時の救助行動など、血縁度に応じて利他行動の強度が変化するパターンはヒトでも広く確認されています(Burnstein et al., 1994)。
ハミルトンの法則は、利他行動の進化という長年の謎に定量的な回答を与えた画期的な理論です。次のセクションでは、本記事の内容が他のトピックとどのようにつながるかを整理します。
ハミルトンの法則は、進化生物学・行動生態学・集団遺伝学の結節点に位置します。以下のトピックと密接に関連しています。
それでは最後に、本記事の要点をまとめましょう。
Q1. ハミルトンの法則 $rB > C$ において、$r$, $B$, $C$ はそれぞれ何を表しますか。この不等式が成り立つとき、何が起こりますか。
Q2. 半倍数性のもとで、働きバチ同士(同じ女王から同じオスとの間に生まれた姉妹)の血縁度が $3/4$ になる理由を説明してください。
Q3. 包括適応度とは何ですか。通常の適応度(直接適応度)とどう違いますか。
Q4. 血縁選択以外に、血縁関係のない個体間で協力が進化するメカニズムを2つ挙げ、それぞれ簡潔に説明してください。
ある動物で、個体Aが利他行動を行うことで自身の適応度が $0.3$ 低下し($C = 0.3$)、血縁者Bの適応度が $0.8$ 上昇する($B = 0.8$)。AとBが全きょうだい(二倍体、$r = 1/2$)であるとき、ハミルトンの法則に基づいて利他行動が進化するかどうかを判定せよ。
$rB = (1/2) \times 0.8 = 0.4$
$C = 0.3$
$rB = 0.4 > 0.3 = C$ であるから、ハミルトンの法則は満たされ、利他行動は進化する。
ハミルトンの法則に数値を代入する基本問題です。$rB > C$ かどうかを判定するだけですが、$r$, $B$, $C$ が何を表すかを正確に理解している必要があります。
半倍数性の昆虫において、女王バチが1匹のオスとのみ交尾した場合について、以下の血縁度を計算せよ。
(a) 働きバチ(姉妹)間の血縁度 $r$
(b) 働きバチから見た弟(雄バチ)への血縁度 $r$
(a) 父親(半数体)からの対立遺伝子は姉妹間で確率1で共有。母親(二倍体)からは確率 $1/2$ で共有。
$$r = \frac{1}{2} \times 1 + \frac{1}{2} \times \frac{1}{2} = \frac{3}{4}$$
(b) 雄バチは未受精卵から生まれるので、母親の遺伝子のみを持つ。働きバチと雄バチで共有される遺伝子は母親由来のみ。働きバチが母親から受け取った対立遺伝子と同じものを雄バチが受け取る確率は $1/2$。父親由来は雄バチには伝わらないので寄与 $0$。
$$r = \frac{1}{2} \times 0 + \frac{1}{2} \times \frac{1}{2} = \frac{1}{4}$$
半倍数性では、「父親が半数体か二倍体か」と「対象個体が半数体か二倍体か」を明確にして計算することが重要です。(b)で雄バチへの血縁度が $1/4$ と低いことは、働きバチにとって弟を育てるより姉妹を育てるほうが遺伝的に有利であることを示しています。これが性比をめぐる女王と働きバチの対立の基盤です。
トリヴァース・ヘアの理論によれば、半倍数性の社会性昆虫において、働きバチの最適な繁殖個体のメス:オス投資比と、女王の最適な投資比はそれぞれいくらか。ハミルトンの法則を用いて導出し、この予測が女王と働きバチの間にどのような対立を生むか説明せよ。
働きバチにとって、新女王(姉妹)への血縁度は $r = 3/4$、雄バチ(弟)への血縁度は $r = 1/4$ である。包括適応度を最大化するには、メスとオスへの投資比を血縁度の比 $3/4 : 1/4 = 3 : 1$ にすべきである。
一方、女王にとっては、娘(新女王)への血縁度も息子(雄バチ)への血縁度もともに $r = 1/2$ であるから、最適投資比は $1 : 1$ である。
このため、女王は均等投資を望み、働きバチはメスへの偏った投資を望むという親子間対立が生じる。実際のコロニーの性比は、女王と働きバチのどちらがより強い影響力を持つかに応じて、$1:1$ と $3:1$ の間になると予測される。
この問題は、ハミルトンの法則の定量的予測を性比理論に応用する典型的な論述問題です。血縁度の非対称性(姉妹 $3/4$ vs 弟 $1/4$)が、女王と働きバチの間で最適な性比が異なるという帰結を生み出す論理の流れを正確に記述できるかがポイントです。
女王バチが $n$ 匹のオスと均等に交尾した場合、働きバチ間の平均血縁度はどうなるか。$n = 1$, $n = 2$, $n = 10$ のそれぞれについて計算し、多回交尾がハミルトンの法則に基づく真社会性の説明にどのような影響を与えるか論じよ。
働きバチ間には、同父姉妹(super-sisters)と異父姉妹(half-sisters)がいる。同父姉妹の割合は $1/n$、異父姉妹の割合は $(n-1)/n$ である。
同父姉妹間の血縁度は $3/4$、異父姉妹間の血縁度は $1/4$(母親由来のみ共有)。
平均血縁度:
$$\bar{r} = \frac{1}{n} \cdot \frac{3}{4} + \frac{n-1}{n} \cdot \frac{1}{4} = \frac{3 + (n-1)}{4n} = \frac{n + 2}{4n}$$
$n = 1$:$\bar{r} = 3/4 = 0.75$
$n = 2$:$\bar{r} = 4/8 = 1/2 = 0.50$
$n = 10$:$\bar{r} = 12/40 = 3/10 = 0.30$
$n = 2$ ですでに $\bar{r} = 1/2$ となり、二倍体の全きょうだいと同じ血縁度に低下する。$n$ が大きくなると $\bar{r} \to 1/4$ に近づく。多回交尾は半倍数性による血縁度の上昇を打ち消すため、半倍数性だけで真社会性を説明するのは不十分であり、コロニーの生態的条件(巣を離れるコスト、分業の利益など)も考慮する必要がある。
$\bar{r} = (n+2)/(4n)$ という結果から、多回交尾の効果が定量的にわかります。実際のミツバチでは $n \approx 10$--$20$ であり、$\bar{r}$ は $0.3$ 前後です。これは二倍体の親子間($0.5$)よりも低い値であり、単純な「血縁度が高いから利他的」という説明では不十分であることを示しています。多回交尾にはコロニーの遺伝的多様性を高めて病気への抵抗力を上げるなどの利点があり、真社会性の維持には血縁度以外の生態的利益も重要です。
Price方程式を用いたハミルトンの法則の導出を、以下の手順で行え。
(a) Price方程式 $\bar{w} \Delta p = \mathrm{Cov}(w_i, p_i)$ の各記号の意味を説明せよ。
(b) 利他行動のモデルとして、個体 $i$ の適応度を $w_i = w_0 - C \cdot g_i + B \cdot \bar{g}_{-i}$ と表す。ここで $g_i$ は個体 $i$ が利他行動をとるか否かの指標($A$ を持てば1、持たなければ0)、$\bar{g}_{-i}$ は個体 $i$ の社会的パートナーにおける $A$ の頻度である。この式を $\mathrm{Cov}(w_i, g_i)$ に代入し、$\Delta p > 0$ の条件を $B$, $C$, および $\beta_{\bar{g}_{-i} \cdot g_i} = \mathrm{Cov}(g_i, \bar{g}_{-i}) / \mathrm{Var}(g_i)$ を用いて表せ。
(c) $\beta_{\bar{g}_{-i} \cdot g_i}$ が血縁度 $r$ に対応することを説明し、ハミルトンの法則 $rB > C$ を導け。
(a) $\bar{w}$:集団の平均適応度。$\Delta p$:対立遺伝子 $A$ の頻度の世代間変化。$w_i$:個体 $i$ の適応度。$p_i$:個体 $i$ における $A$ の頻度(二倍体では 0, 1/2, 1)。Price方程式は「形質(遺伝子頻度)の変化は、適応度と形質値の共分散で決まる」ことを表す。
(b) ハプロイドモデルで $p_i = g_i$ とすると、
$$\mathrm{Cov}(w_i, g_i) = \mathrm{Cov}(w_0 - C \cdot g_i + B \cdot \bar{g}_{-i},\; g_i)$$
$$= -C \cdot \mathrm{Var}(g_i) + B \cdot \mathrm{Cov}(\bar{g}_{-i}, g_i)$$
$\Delta p > 0$ の条件は $\mathrm{Cov}(w_i, g_i) > 0$ なので、
$$-C \cdot \mathrm{Var}(g_i) + B \cdot \mathrm{Cov}(\bar{g}_{-i}, g_i) > 0$$
両辺を $\mathrm{Var}(g_i) > 0$ で割ると、
$$B \cdot \beta_{\bar{g}_{-i} \cdot g_i} - C > 0$$
ここで $\beta_{\bar{g}_{-i} \cdot g_i} = \mathrm{Cov}(g_i, \bar{g}_{-i}) / \mathrm{Var}(g_i)$ は $g_i$ に対する $\bar{g}_{-i}$ の回帰係数である。
(c) $\beta_{\bar{g}_{-i} \cdot g_i}$ は「行為者が $A$ を持つとき、そのパートナーも $A$ を持つ確率がどれだけ上がるか」を表す回帰係数であり、これは血縁度 $r$ の定義そのもの(共通祖先からの由来の確率の回帰的定義)です。$\beta_{\bar{g}_{-i} \cdot g_i} = r$ と置くと、
$$rB - C > 0 \quad \Longleftrightarrow \quad rB > C$$
これがハミルトンの法則です。
Price方程式による導出は、直観的な「遺伝子の視点」の議論を数学的に厳密化するものです。重要なのは、血縁度 $r$ が「回帰係数」として自然に出現する点です。これにより、血縁度は「共通祖先を持つ確率」という系図に基づく定義だけでなく、「社会的パートナーの遺伝子型と自分の遺伝子型の統計的相関」という集団遺伝学的定義も持つことがわかります。後者の定義はグリーンビアード効果のような非血縁的な遺伝子共有にも拡張可能であり、ハミルトンの法則の適用範囲の広さを示しています。