高校生物の酸素解離曲線で、ヘモグロビンの曲線がS字型(シグモイド)を描くことを学びます。ミオグロビンの曲線は単純な飽和曲線なのに、なぜヘモグロビンだけS字型になるのか。高校では「協同結合」という言葉で説明されますが、その数学的な意味は曖昧なままです。
実は、前の記事(B-3-2)で学んだミカエリス・メンテン式は、結合部位が1つしかないタンパク質を前提としています。ヘモグロビンのように複数のサブユニットが「お互いに影響し合う」系では、この式は通用しません。本記事では、S字型曲線を定量的に記述するヒルの式を導入し、その分子レベルの根拠であるMWCモデルを解説します。最終的に、アロステリック効果が生体内で「スイッチ」として機能する仕組みを、数式の言葉で理解することを目指します。
高校生物では、ヘモグロビンと酸素の結合を酸素解離曲線で学びます。横軸に酸素分圧($P_{\mathrm{O_2}}$)、縦軸に酸素飽和度(酸素ヘモグロビンの割合)をとったグラフです。
ミオグロビンは酸素結合部位を1つだけ持つ単量体タンパク質で、その酸素解離曲線は単純な飽和曲線(双曲線型)を描きます。これはB-3-2で学んだミカエリス・メンテン式と同じ形です。
一方、ヘモグロビンは4つのサブユニット($\alpha_2\beta_2$)からなり、それぞれが酸素結合部位を持ちます。その酸素解離曲線はS字型(シグモイド型)を描きます。低酸素分圧では酸素をあまり結合せず、ある閾値付近で急激に結合量が増え、やがて飽和します。
高校では、このS字型の理由を協同結合(cooperative binding)で説明します。最初の酸素分子がヘモグロビンの1つのサブユニットに結合すると、構造変化が他のサブユニットに伝わり、残りのサブユニットの酸素親和性が上がる。2つ目、3つ目と結合するたびにさらに親和性が高まり、4つ目は最も結合しやすくなる、という説明です。
この概念は正しいのですが、「どの程度協同的なのか」を数値で表すことができません。また、高校で学ぶアロステリック酵素(フィードバック阻害を受ける酵素など)もシグモイド型の応答を示しますが、やはり定量的な理解には至りません。大学の視点では、この協同性を数式で定量化し、分子レベルのモデルで説明します。次のセクションでその全体像を見ていきましょう。
ミカエリス・メンテン式(双曲線型)では、反応速度が $0.1V_{\max}$ から $0.9V_{\max}$ に変化するのに基質濃度を81倍にする必要があります。これに対し、ヒル係数 $n = 4$ のシグモイド型曲線では、同じ変化に必要な濃度変化はわずか9倍です。
つまり、協同性を持つタンパク質は、リガンド濃度の狭い範囲で「ほぼオフ」から「ほぼオン」に切り替わる分子スイッチとして機能します。ヘモグロビンが肺で効率よく酸素を取り込み、末梢組織で効率よく放出できるのは、このスイッチ的性質のおかげです。
この定量的な理解を可能にするのがヒルの式です。まずはヒルの式の導出と意味を理解し、その後に分子レベルのモデル(MWCモデル)がこの式をどう裏付けるのかを見ていきます。
B-3-2で学んだように、リガンド $\mathrm{L}$ がタンパク質 $\mathrm{P}$ の1つの結合部位に結合する場合、飽和度 $Y$(結合部位のうちリガンドが結合している割合)は次のように表されます。
$$Y = \frac{[\mathrm{L}]}{K_d + [\mathrm{L}]}$$
ここで $K_d$ は解離定数です。この式は双曲線型の飽和曲線を与え、ミオグロビンの酸素解離曲線と一致します。しかし、ヘモグロビンのS字型曲線はこの式では再現できません。
1910年、Archibald V. Hillは、$n$ 個のリガンドがタンパク質に一斉に結合するという極端なモデルを考えました。
$$\mathrm{P} + n\mathrm{L} \rightleftharpoons \mathrm{PL}_n$$
この反応の解離定数を $K_d^{\,n}$ とすると(後述するように、これは表記上の約束です)、
$$K_d^{\,n} = \frac{[\mathrm{P}][\mathrm{L}]^n}{[\mathrm{PL}_n]}$$
Step 1:飽和度 $Y$ を定義する。全結合部位に対するリガンド結合済み部位の割合として、
$$Y = \frac{[\mathrm{PL}_n]}{[\mathrm{P}] + [\mathrm{PL}_n]}$$
Step 2:解離定数の式から $[\mathrm{PL}_n]$ を求める。
$$[\mathrm{PL}_n] = \frac{[\mathrm{P}][\mathrm{L}]^n}{K_d^{\,n}}$$
Step 3:Step 1 に代入する。
$$Y = \frac{\dfrac{[\mathrm{P}][\mathrm{L}]^n}{K_d^{\,n}}}{[\mathrm{P}] + \dfrac{[\mathrm{P}][\mathrm{L}]^n}{K_d^{\,n}}} = \frac{[\mathrm{L}]^n}{K_d^{\,n} + [\mathrm{L}]^n}$$
$[\mathrm{P}]$ が分子・分母でキャンセルされ、飽和度は遊離タンパク質の濃度に依存しません。
$$Y = \frac{[\mathrm{L}]^n}{K_d^{\,n} + [\mathrm{L}]^n}$$
$Y$:飽和度(0から1の値をとる)。$[\mathrm{L}]$:リガンド濃度。$K_d$:見かけの解離定数($Y = 0.5$ となるリガンド濃度に相当)。$n$:ヒル係数(協同性の指標)。
ヒル係数 $n$ は協同性の強さを数値化するパラメータです。その値によって曲線の形が劇的に変わります。
重要な注意点として、ヒル係数 $n$ はサブユニット数と等しいとは限りません。ヘモグロビンは4つのサブユニットを持ちますが、ヒル係数は約2.8です。$n$ はあくまで見かけの協同性の強さを表す経験的パラメータであり、結合部位の数の上限を超えることはありません($1 \leq n \leq$ サブユニット数)。
ヒルの式の対数をとると、直線関係が得られます。ヒルの式を変形して、
$$\frac{Y}{1 - Y} = \frac{[\mathrm{L}]^n}{K_d^{\,n}}$$
両辺の対数をとると、
$$\log\frac{Y}{1 - Y} = n \log[\mathrm{L}] - n \log K_d$$
横軸に $\log[\mathrm{L}]$、縦軸に $\log(Y/(1-Y))$ をとるグラフをヒルプロットと呼びます。傾きがヒル係数 $n$ に等しくなります。実際のデータでは、飽和度の中央付近($Y \approx 0.5$)での傾きからヒル係数を求めます。
誤:ヘモグロビンは4量体だからヒル係数は $n = 4$ である
正:ヘモグロビンのヒル係数は実測で $n \approx 2.8$ である。$n$ は協同性の「完全さ」の指標であり、$n = 4$(理論上の最大値)は「4つのサブユニットが完全に一斉に結合する場合」に相当する。実際には段階的に結合するため、$n$ はサブユニット数より小さくなる。
ヒルの式から、飽和度が10%($Y = 0.1$)から90%($Y = 0.9$)に変化するのに必要なリガンド濃度の比 $R_{90/10}$ を計算できます。
$Y = 0.9$ のとき $[\mathrm{L}]_{0.9}^n = 9K_d^{\,n}$、$Y = 0.1$ のとき $[\mathrm{L}]_{0.1}^n = K_d^{\,n}/9$ なので、
$$R_{90/10} = \frac{[\mathrm{L}]_{0.9}}{[\mathrm{L}]_{0.1}} = \left(\frac{9}{1/9}\right)^{1/n} = 81^{1/n}$$
| ヒル係数 $n$ | $R_{90/10}$(10%→90%に必要な濃度比) | 生物学的な意味 |
|---|---|---|
| 1 | 81倍 | 非協同的(ミオグロビン型) |
| 2 | 9倍 | 中程度の協同性 |
| 2.8 | 約5.3倍 | ヘモグロビンの実測値 |
| 4 | 3倍 | 完全な協同性(理論上の極限) |
この表は、協同性の生理的な意味を端的に示しています。ヘモグロビンのヒル係数 $n \approx 2.8$ は、肺($P_{\mathrm{O_2}} \approx 100$ mmHg)と末梢組織($P_{\mathrm{O_2}} \approx 30$ mmHg)という約3倍程度の酸素分圧差の中で、酸素飽和度を90%台から40%台へ効率よく変化させることを可能にしています。ヒルの式はこのスイッチ的性質を数学的に定量化したのです。
しかし、ヒルの式には根本的な問題があります。「$n$ 個のリガンドが一斉に結合する」という仮定は物理的に非現実的です。4つの酸素分子がヘモグロビンに同時に衝突する確率は無視できるほど小さいでしょう。では、S字型曲線の分子レベルの真の原因は何でしょうか。次のセクションで、MonodらのMWCモデルがこの問いに答えます。
1965年、Jacques Monod、Jeffries Wyman、Jean-Pierre Changeuxは、アロステリックタンパク質の協同性を説明する画期的なモデルを提案しました。これがMWCモデル(協奏モデル、concerted model)です。
MWCモデルの核心は、アロステリックタンパク質が2つのコンフォメーション状態の間で平衡にあるという考え方です。
決定的に重要な仮定は、すべてのサブユニットが同時に同じ状態をとるということです。あるサブユニットがT状態で別のサブユニットがR状態、というハイブリッド状態は許されません。これが「協奏モデル」と呼ばれる理由です。
MWCモデルは3つのパラメータで記述されます。
$n$ 個の同等なサブユニットを持つタンパク質を考えます。正規化リガンド濃度として $\alpha = [\mathrm{L}]/K_R$ を定義します。
Step 1:R状態のリガンド結合。R状態の各サブユニットは独立にリガンドを結合するため、$i$ 個のリガンドが結合したR状態の分子種 $\mathrm{R}_i$ の割合は二項分布に従います。
$$[\mathrm{R}_i] = [\mathrm{R}_0]\binom{n}{i}\alpha^i$$
R状態の全分子種の和は
$$\sum_{i=0}^{n}[\mathrm{R}_i] = [\mathrm{R}_0](1 + \alpha)^n$$
Step 2:T状態のリガンド結合。T状態でも同様に、$c\alpha = [\mathrm{L}]/K_T$ を用いて、
$$\sum_{i=0}^{n}[\mathrm{T}_i] = [\mathrm{T}_0](1 + c\alpha)^n = L_0[\mathrm{R}_0](1 + c\alpha)^n$$
Step 3:飽和度を計算する。結合しているリガンドの総数を全結合部位数で割ります。
$$Y = \frac{\displaystyle\sum_{i=0}^{n} i\,[\mathrm{R}_i] + \sum_{i=0}^{n} i\,[\mathrm{T}_i]}{n\left(\displaystyle\sum_{i=0}^{n}[\mathrm{R}_i] + \sum_{i=0}^{n}[\mathrm{T}_i]\right)}$$
分子の各和は $\sum_{i=0}^n i\binom{n}{i}x^i = nx(1+x)^{n-1}$ という公式で計算できます。
$$Y = \frac{[\mathrm{R}_0]\,n\alpha(1+\alpha)^{n-1} + L_0[\mathrm{R}_0]\,n \cdot c\alpha(1+c\alpha)^{n-1}}{n\bigl([\mathrm{R}_0](1+\alpha)^n + L_0[\mathrm{R}_0](1+c\alpha)^n\bigr)}$$
$[\mathrm{R}_0]$ と $n$ がキャンセルされ、
$$Y = \frac{\alpha(1+\alpha)^{n-1} + L_0 c\alpha(1+c\alpha)^{n-1}}{(1+\alpha)^n + L_0(1+c\alpha)^n}$$
$$Y = \frac{\alpha(1+\alpha)^{n-1} + L_0 c\alpha(1+c\alpha)^{n-1}}{(1+\alpha)^n + L_0(1+c\alpha)^n}$$
$\alpha = [\mathrm{L}]/K_R$(正規化リガンド濃度)。$L_0 = [\mathrm{T}_0]/[\mathrm{R}_0]$(アロステリック定数)。$c = K_R/K_T$(親和性比、通常 $c \ll 1$)。$n$:サブユニット数。
MWCモデルがS字型曲線を生む仕組みを直感的に理解しましょう。
リガンド濃度がゼロのとき、タンパク質はほとんどT状態にあります($L_0$ が大きい場合)。T状態はリガンド親和性が低いため、少量のリガンドではほとんど結合が起こりません ── これがシグモイド曲線の「立ち上がりが遅い」部分に対応します。
リガンド濃度が上がると、わずかに存在するR状態の分子がリガンドを結合し始めます。R状態にリガンドが結合すると、そのR状態が安定化され、T→R の平衡がR側にシフトします。R状態が増えるとさらにリガンドが結合しやすくなる ── この正のフィードバックにより、結合が急激に増加します。これがシグモイド曲線の「急な立ち上がり」です。
最終的にほぼ全分子がR状態になり、飽和に達します。
MWCモデルにおいて、個々のサブユニットの親和性が変わるわけではありません。T状態のサブユニットは常に低親和性、R状態のサブユニットは常に高親和性です。協同性は、タンパク質全体がT→Rに構造転換することで生じます。各サブユニットが独立に変わるのではなく、全サブユニットが同時に切り替わるという「全か無か」の性質が、スイッチ的な応答を生み出しているのです。
T状態のリガンド親和性がR状態に比べて極めて低い場合($c \to 0$、すなわち $K_T \to \infty$)、T状態はリガンドを全く結合しないと近似できます。このとき、MWC式は大幅に簡略化されます。
$$Y = \frac{\alpha(1+\alpha)^{n-1}}{(1+\alpha)^n + L_0}$$
この簡略形は2つのパラメータ($L_0$ と $K_R$)だけで決まり、ヘモグロビンの酸素解離曲線を良好に再現します。
MWCモデルは物理的に妥当な分子モデルであり、ヒルの式は経験的なフィッティング式です。MWCモデルの飽和度関数は厳密にはヒルの式と一致しませんが、$Y \approx 0.5$ の付近ではヒルプロットの傾きがほぼ一定となり、見かけのヒル係数 $n_H$ を定義できます。$L_0$ が大きく $c$ が小さいほど $n_H$ はサブユニット数 $n$ に近づきます。つまり、ヒル係数はMWCモデルのパラメータから予測できる量なのです。
MWCモデルは協同性のエレガントな説明を与えましたが、唯一のモデルではありません。次のセクションでは、別のアプローチであるKNFモデルと比較し、両者の特徴を整理します。
MWCモデルと同じ1966年に、Daniel Koshland、George Nemethy、David Filmerは、協同性を説明する別のモデルを提案しました。これがKNFモデル(逐次モデル、sequential model)です。
KNFモデルの基本的な考え方は次の通りです。
つまり、KNFモデルではリガンドの結合に伴って逐次的に構造変化が伝わるのに対し、MWCモデルでは全サブユニットが一斉に構造転換します。
| 特徴 | MWCモデル(協奏モデル) | KNFモデル(逐次モデル) |
|---|---|---|
| 構造変化 | 全サブユニットが同時に変化 | リガンドが結合したサブユニットだけが変化 |
| ハイブリッド状態 | 許されない(T状態かR状態のどちらか) | 許される |
| 負の協同性 | 説明できない | 説明できる |
| パラメータ数 | 少ない($L_0$, $K_R$, $c$) | 多い(サブユニット間の相互作用定数が複数) |
| 数学的な扱いやすさ | 解析的な式が得られる | サブユニット数が多いと複雑 |
結論から言えば、どちらも極端なモデルであり、現実はその中間にあります。ヘモグロビンの場合、X線結晶構造解析により、完全なT状態と完全なR状態の2つの構造が実際に観測されており、MWCモデルの基本的な描像は支持されています。しかし、リガンド結合に伴う構造変化の細部では、KNFモデル的な逐次的変化も起きていることが分かっています。
現代の構造生物学では、MWCモデルを出発点としつつ、必要に応じてKNF的な要素を取り入れた「一般化MWCモデル」が使われることが多くなっています。重要なのは、どちらのモデルも「正の協同性はリガンド結合に伴う構造変化がサブユニット間で伝播することで生じる」という本質を共有している点です。
誤:MWCモデルかKNFモデルのどちらかが正しく、もう一方は間違いである
正:両モデルは協同性の異なる極端なケースを記述している。MWCモデルは「全サブユニットが同時に変化」、KNFモデルは「一つずつ変化」であり、現実のタンパク質はこの2つの極限の間に位置する。どちらのモデルからスタートするかは、系の性質や研究の目的による。
ここまでで、S字型曲線の数理(ヒルの式)と分子メカニズム(MWCモデル・KNFモデル)を理解しました。次のセクションでは、このアロステリック効果が生体内でどのように「スイッチ」として活用されているかを、具体的な例とともに見ていきます。
高校で学んだ酸素解離曲線を、ヒルの式を使って再解釈してみましょう。ヘモグロビンのヒル係数 $n \approx 2.8$ は、肺胞($P_{\mathrm{O_2}} \approx 100$ mmHg、$Y \approx 0.98$)と活動中の筋肉($P_{\mathrm{O_2}} \approx 20$ mmHg、$Y \approx 0.32$)の間で、酸素飽和度を大きく変化させることを可能にします。
もしヘモグロビンが協同性を持たず、ミオグロビンのような双曲線型($n = 1$)の曲線を描くと仮定すると、同じ肺で98%の飽和度を達成するためには解離定数が非常に小さい(親和性が非常に高い)必要があり、末梢組織での酸素放出が極めて非効率になります。協同性があるからこそ、「肺で取り込み、末梢で放出する」という酸素運搬の二面性が実現するのです。
高校で学ぶフィードバック阻害(たとえばホスホフルクトキナーゼに対するATPの阻害)も、MWCモデルの枠組みで理解できます。ATPはアロステリック阻害剤として、T状態を安定化させます。これにより、T→Rの平衡がT側にシフトし、酵素の基質親和性が低下します。
逆に、AMPやADPはアロステリック活性化剤として、R状態を安定化させます。MWCモデルの言葉で言えば、アロステリック調節因子は $L_0$ の値を変えているのです。阻害剤は $L_0$ を大きくし(T状態を優勢にし)、活性化剤は $L_0$ を小さくします(R状態を優勢にします)。
ヒル係数が大きいほど、入力(リガンド濃度)の小さな変化に対して出力(飽和度や酵素活性)が急激に変化します。このような応答を超感度応答(ultrasensitivity)と呼びます。
生体内のシグナル伝達経路では、アロステリック効果だけでなく、複数の協同的なステップを直列に接続することで、見かけのヒル係数をさらに大きくする仕組みが知られています。たとえば、ヒル係数 $n_1$ のステップと $n_2$ のステップを直列に接続すると、全体の見かけのヒル係数はおおよそ $n_1 \times n_2$ になります。こうして生体は、特定の閾値を超えたときにだけ応答する「デジタルスイッチ」を実現しています。
従来の酵素阻害剤(B-3-2で学んだ競争的阻害剤など)は活性部位に結合しますが、近年ではアロステリック部位に結合する医薬品の開発が注目されています。アロステリック薬は、活性部位をブロックするのではなく、T/R平衡をシフトさせることで酵素活性を調節します。活性部位は進化的に保存されているため選択性の確保が難しいのに対し、アロステリック部位は多様性が高く、より選択的な薬の設計が可能です。
以上のように、アロステリック効果の数理は、酸素運搬・代謝制御・シグナル伝達・創薬という幅広い分野の定量的基盤となっています。次のセクションでは、本記事の内容と他のトピックとの関連を整理します。
アロステリック効果の数理は、酵素反応速度論と膜輸送・シグナル伝達を結ぶ重要な結節点です。以下のトピックと密接に関連しています。
それでは最後に、本記事の要点をまとめましょう。
Q1. ヒルの式において、$n = 1$ のときはどのような形の飽和曲線になりますか。それはどのタンパク質の挙動に対応しますか。
Q2. MWCモデルにおいて、「T状態」と「R状態」はそれぞれリガンドに対してどのような親和性を持ちますか。リガンドが結合すると平衡はどちら側にシフトしますか。
Q3. ヒル係数 $n = 4$ のタンパク質において、飽和度が10%から90%に変化するのに必要なリガンド濃度比 $R_{90/10}$ はいくつですか。
Q4. MWCモデルとKNFモデルの最も根本的な違いは何ですか。どちらのモデルが負の協同性を説明できますか。
ヒル係数 $n = 3$、$K_d = 10 \, \mu\mathrm{M}$ のアロステリックタンパク質がある。リガンド濃度 $[\mathrm{L}] = 20 \, \mu\mathrm{M}$ のときの飽和度 $Y$ を求めよ。
$$Y = \frac{[\mathrm{L}]^n}{K_d^{\,n} + [\mathrm{L}]^n} = \frac{20^3}{10^3 + 20^3} = \frac{8000}{1000 + 8000} = \frac{8000}{9000} \approx 0.89$$
ヒルの式に直接代入する基本問題です。$[\mathrm{L}] = 2K_d$ のとき、$n = 1$ なら $Y = 2/3 \approx 0.67$ ですが、$n = 3$ では $Y \approx 0.89$ と飽和度が大きく跳ね上がります。これが正の協同性の効果です。
ヒルプロットにおいて、飽和度 $Y = 0.5$ のとき $\log(Y/(1-Y))$ と $\log[\mathrm{L}]$ の値はそれぞれいくつか。$Y = 0.5$ に対応するリガンド濃度を $K_d$ を用いて表せ。
$Y = 0.5$ のとき $Y/(1-Y) = 1$ なので、$\log(Y/(1-Y)) = 0$。
ヒルの式で $Y = 0.5$ とおくと $[\mathrm{L}]^n = K_d^{\,n}$、すなわち $[\mathrm{L}] = K_d$。
したがって $\log[\mathrm{L}] = \log K_d$ です。
ヒルプロットでは、$Y = 0.5$ の点は常に原点($\log(Y/(1-Y)) = 0$)に対応し、$x$ 座標は $\log K_d$ です。この点は $n$ の値によらない不動点であり、ヒルプロットから $K_d$ を読み取る際の基準点として重要です。
ヒル係数 $n = 2.8$ のヘモグロビンにおいて、飽和度が10%から90%に変化するのに必要な酸素分圧比 $R_{90/10}$ を求めよ。また、もしヘモグロビンが協同性を持たず $n = 1$ だった場合の値と比較し、協同結合の生理的意義を100字以内で説明せよ。
$R_{90/10} = 81^{1/n}$
$n = 2.8$ のとき:$R_{90/10} = 81^{1/2.8} = 81^{0.357} \approx 5.3$
$n = 1$ のとき:$R_{90/10} = 81^{1} = 81$
【説明】協同結合により、ヘモグロビンは約5倍の酸素分圧変化で飽和度を10%から90%に変化させられる。これにより、肺と末梢組織の限られた酸素分圧差の中で効率的な酸素の取り込みと放出が可能になる。
$81^{1/2.8}$ の計算は、$\log 81 = 4\log 3 \approx 1.908$ を用いて $81^{0.357} = 10^{0.357 \times 1.908} = 10^{0.681} \approx 4.8$--$5.3$ と概算できます。正確な値は約5.3です。この値は、肺胞の $P_{\mathrm{O_2}} \approx 100$ mmHg と末梢の $P_{\mathrm{O_2}} \approx 20$ mmHg(比率5倍)とよく対応しています。
MWCモデルにおいて、アロステリック阻害剤がT状態を安定化させる($L_0$ を増大させる)とき、飽和度曲線はどのように変化するか。定性的に説明せよ。また、アロステリック活性化剤が $L_0$ を減少させる場合はどうか。
アロステリック阻害剤($L_0$ 増大):T状態が優勢になるため、リガンド不在時の親和性がさらに低下します。S字型曲線は右にシフトし、同じリガンド濃度での飽和度が低下します。シグモイド性(曲線のS字の鋭さ)も増大します。
アロステリック活性化剤($L_0$ 減少):R状態が優勢になるため、リガンド不在時でも一定の親和性があります。S字型曲線は左にシフトし、同じリガンド濃度での飽和度が上昇します。極端に $L_0$ が小さくなると($L_0 \to 0$)、曲線は双曲線型に近づき、シグモイド性が失われます。
MWCモデルの簡略形 $Y = \alpha(1+\alpha)^{n-1}/((1+\alpha)^n + L_0)$ を考えると、$L_0$ の増大は分母の $L_0$ 項を大きくするため、$Y$ の値が全体的に下がります。特にリガンド濃度が低い領域($\alpha$ が小さい領域)での飽和度の低下が顕著です。逆に $L_0 \to 0$ の極限では $Y \to \alpha/(1+\alpha)$、すなわちR状態のみの非協同的な結合に帰着します。
MWCモデルの飽和度($c = 0$ の簡略形)が与えられているとする。
$$Y = \frac{\alpha(1+\alpha)^{n-1}}{(1+\alpha)^n + L_0}$$
(a) $L_0 = 0$(すべてR状態)の極限で、$Y$ がどのような式に帰着するか示せ。
(b) $n = 1$ の場合(サブユニットが1つ)の $Y$ を求め、この場合に協同性が現れないことを確認せよ。
(c) $n = 2$, $L_0 = 100$, $K_R = 10 \, \mu\mathrm{M}$ のとき、$[\mathrm{L}] = 10 \, \mu\mathrm{M}$($\alpha = 1$)での飽和度 $Y$ を計算し、同じ $K_R$ で $L_0 = 0$(R状態のみ)の場合と比較せよ。
(a) $L_0 = 0$ のとき、
$$Y = \frac{\alpha(1+\alpha)^{n-1}}{(1+\alpha)^n} = \frac{\alpha}{1+\alpha}$$
これは非協同的な結合($n = 1$ のヒルの式に相当)であり、$\alpha = [\mathrm{L}]/K_R$ を代入すると $Y = [\mathrm{L}]/(K_R + [\mathrm{L}])$ となります。
(b) $n = 1$ のとき、
$$Y = \frac{\alpha}{(1+\alpha) + L_0} = \frac{\alpha}{1 + \alpha + L_0}$$
この式は $\alpha$ の単調増加関数で、シグモイド型にはなりません。分母の $L_0$ は見かけの解離定数を増大させるだけであり、$Y = [\mathrm{L}]/(K_R(1+L_0) + [\mathrm{L}] \cdot \frac{K_R(1+L_0)}{K_R+[\mathrm{L}]})$ ... と複雑になりますが、より簡潔に変形すると $Y = \alpha/(1+L_0+\alpha)$ は $\alpha$ について双曲線型です。よって、サブユニット1つでは $L_0$ がどんな値でも協同性は現れません。
(c) $n = 2$, $L_0 = 100$, $\alpha = 1$ のとき、
$$Y = \frac{1 \times (1+1)^{1}}{(1+1)^2 + 100} = \frac{2}{4 + 100} = \frac{2}{104} \approx 0.019$$
$L_0 = 0$ の場合:$Y = 1/(1+1) = 0.5$。
$L_0 = 100$ の場合の飽和度はわずか1.9%であり、$L_0 = 0$(R状態のみ)の50%と比べて大幅に低下しています。
(a)は「全分子がR状態なら協同性は不要」という直感と一致します。(b)は「協同性にはサブユニット間の相互作用(すなわち複数サブユニット)が必須」であることを数学的に示しています。(c)では、$L_0 = 100$ のとき $\alpha = 1$($[\mathrm{L}] = K_R$)でも飽和度がわずか2%であり、大部分がまだT状態にあることを示しています。$\alpha$ をさらに大きくしていくと $(1+\alpha)^2$ が $L_0$ を上回り、急激に飽和度が上昇します。これがシグモイド曲線の急な立ち上がりに対応します。