高校生物では、ニューロンの内部は約 $-70 \, \mathrm{mV}$ に帯電しており、刺激を受けると脱分極して活動電位が発生すると学びます。
しかし、なぜ $-70 \, \mathrm{mV}$ なのか、なぜ $-50 \, \mathrm{mV}$ でも $-100 \, \mathrm{mV}$ でもないのかという問いに、高校生物は答えてくれません。
この記事では、イオンの化学ポテンシャルと電気的ポテンシャルの釣り合いという物理化学の原理から出発し、ネルンスト式で各イオンの平衡電位を計算し、さらにゴールドマン方程式で複数イオンの透過性を統合することで、$-70 \, \mathrm{mV}$ という数値を定量的に予測します。
高校の暗記事項が、熱力学の必然として導かれることを体験してください。
高校生物で学ぶニューロンの電気現象を整理しましょう。ニューロンの細胞膜の内側は、静止時に外側に対して約 $-70 \, \mathrm{mV}$ の電位差を持っています。これが静止電位(resting potential)です。
高校では、静止電位が生じる理由として次の2点が挙げられます。第一に、細胞膜は $\mathrm{K^+}$ を透過しやすいが $\mathrm{Na^+}$ をほとんど透過しません。第二に、ナトリウムポンプ($\mathrm{Na^+}$-$\mathrm{K^+}$ ATPase)が $\mathrm{Na^+}$ を細胞外へ、$\mathrm{K^+}$ を細胞内へ能動輸送し、濃度勾配を維持しています。その結果、$\mathrm{K^+}$ が濃度勾配に従って細胞外へ漏れ出し、正電荷が失われることで内部が負に帯電します。
刺激によって膜電位が閾値(約 $-55 \, \mathrm{mV}$)に達すると、電位依存性 $\mathrm{Na^+}$ チャネルが開き、$\mathrm{Na^+}$ が細胞内に流入して急速に脱分極が起こります。膜電位は一時的に $+30 \sim +40 \, \mathrm{mV}$ まで上昇します。その後、$\mathrm{Na^+}$ チャネルが不活性化し、$\mathrm{K^+}$ チャネルが開いて $\mathrm{K^+}$ が流出することで再分極します。
高校ではここまでが限界です。「$-70 \, \mathrm{mV}$ という値はどこから来るのか」「なぜ脱分極のピークは $+30 \sim +40 \, \mathrm{mV}$ なのか」という定量的な問いに答える道具がありません。次のセクションで、大学の物理化学がこれらの問いにどう答えるかを見ていきましょう。
膜電位とは、各イオンが自分の平衡電位に向かって膜電位を引っ張る「綱引き」の結果です。各イオンの引っ張る力は、そのイオンに対する膜の透過性(permeability)に比例します。静止時には $\mathrm{K^+}$ の透過性が圧倒的に大きいため、膜電位は $\mathrm{K^+}$ の平衡電位($-90 \, \mathrm{mV}$)の近くに落ち着きます。活動電位のピーク時には $\mathrm{Na^+}$ の透過性が急増するため、$\mathrm{Na^+}$ の平衡電位($+60 \, \mathrm{mV}$)に向かって膜電位が変化します。
この「綱引き」を数式で表したものがゴールドマン方程式です。そして各イオンの平衡電位を決めるのがネルンスト式です。
では、これらの式はどのように導かれるのでしょうか。まず、イオンが膜を隔てて平衡に達する条件を、熱力学の言葉で記述するところから始めます。
B-4-1「自由エネルギーと代謝」で学んだように、ある物質が反応に参加するときの自由エネルギーの寄与を化学ポテンシャル $\mu$ と呼びます。理想溶液中の溶質の化学ポテンシャルは次のように書けます。
$$\mu = \mu^\circ + RT \ln [X]$$
ここで $\mu^\circ$ は標準化学ポテンシャル、$R$ は気体定数($8.314 \, \mathrm{J \cdot mol^{-1} \cdot K^{-1}}$)、$T$ は絶対温度(K)、$[X]$ は溶質のモル濃度です。この式は「濃度が高いほど化学ポテンシャルが高い」ことを表しています。物質は化学ポテンシャルの高い側から低い側へ移動する傾向があり、これが拡散の熱力学的な根拠です。
イオンは電荷を持つため、化学ポテンシャルだけでは不十分です。電場の中にある荷電粒子には、電気的なエネルギーの寄与も加わります。この2つを合わせたものが電気化学ポテンシャル(electrochemical potential)$\tilde{\mu}$ です。
$$\tilde{\mu} = \mu^\circ + RT \ln [X] + zF\phi$$
新しく登場した記号の意味を確認しましょう。$z$ はイオンの電荷数($\mathrm{K^+}$ なら $+1$、$\mathrm{Cl^-}$ なら $-1$)、$F$ はファラデー定数($96485 \, \mathrm{C \cdot mol^{-1}}$、1モルの電子が持つ電荷量)、$\phi$ はその位置の電位(V)です。$zF\phi$ の項は「電荷 $z$ を持つイオン1モルを電位 $\phi$ の場所に置いたときの電気的エネルギー」を表しています。
つまり、イオンの移動を駆動する力は2つあります。濃度差による力($RT \ln [X]$ の項)と電位差による力($zF\phi$ の項)です。イオンはこの2つの合計である電気化学ポテンシャルが低い方向へ移動します。
いま、膜を隔てて外側(out)と内側(in)にイオン $\mathrm{X}$ が存在するとします。このイオンだけが膜を透過できるとき、平衡状態では両側の電気化学ポテンシャルが等しくなります。
Step 1:平衡条件を書き下す。
$$\tilde{\mu}_{\mathrm{in}} = \tilde{\mu}_{\mathrm{out}}$$
Step 2:電気化学ポテンシャルの式を代入する。
$$\mu^\circ + RT \ln [\mathrm{X}]_{\mathrm{in}} + zF\phi_{\mathrm{in}} = \mu^\circ + RT \ln [\mathrm{X}]_{\mathrm{out}} + zF\phi_{\mathrm{out}}$$
$\mu^\circ$ は同じイオンなので両辺で相殺されます。
Step 3:膜電位 $V_m = \phi_{\mathrm{in}} - \phi_{\mathrm{out}}$ について整理する。
$$zF(\phi_{\mathrm{in}} - \phi_{\mathrm{out}}) = RT \ln [\mathrm{X}]_{\mathrm{out}} - RT \ln [\mathrm{X}]_{\mathrm{in}}$$
$$zFV_m = RT \ln \frac{[\mathrm{X}]_{\mathrm{out}}}{[\mathrm{X}]_{\mathrm{in}}}$$
Step 4:$V_m$ について解く。
$$V_m = \frac{RT}{zF} \ln \frac{[\mathrm{X}]_{\mathrm{out}}}{[\mathrm{X}]_{\mathrm{in}}}$$
これがネルンスト式です。この $V_m$ の値を、イオン $\mathrm{X}$ の平衡電位(equilibrium potential)$E_X$ と呼びます。
$$E_X = \frac{RT}{zF} \ln \frac{[\mathrm{X}]_{\mathrm{out}}}{[\mathrm{X}]_{\mathrm{in}}}$$
$E_X$:イオン $\mathrm{X}$ の平衡電位(V)。$R$:気体定数($8.314 \, \mathrm{J \cdot mol^{-1} \cdot K^{-1}}$)。$T$:絶対温度(K)。$z$:イオンの電荷数。$F$:ファラデー定数($96485 \, \mathrm{C \cdot mol^{-1}}$)。$[\mathrm{X}]_{\mathrm{out}}, [\mathrm{X}]_{\mathrm{in}}$:膜の外側・内側のイオン濃度。
ネルンスト式の意味を直感的に理解しましょう。平衡電位 $E_X$ とは、「濃度差がイオンを押し出そうとする力」と「電位差がイオンを引き戻そうとする力」がちょうど釣り合う膜電位のことです。膜電位がちょうど $E_X$ であれば、そのイオンの正味の流れはゼロになります。
誤:平衡電位と静止電位は同じもの
正:平衡電位はイオン種ごとに1つずつ定まる理論値($\mathrm{K^+}$ なら $-90 \, \mathrm{mV}$、$\mathrm{Na^+}$ なら $+60 \, \mathrm{mV}$ など)。静止電位($-70 \, \mathrm{mV}$)は、複数のイオンの透過性を加味した結果であり、特定のイオンの平衡電位とは一般に一致しません。
ネルンスト式を手に入れました。次のセクションでは、この式を使って主要なイオンの平衡電位を実際に計算し、静止電位や活動電位の値と比較してみましょう。
体温($T = 310 \, \mathrm{K}$、約 $37 \, {}^\circ\mathrm{C}$)で1価イオン($z = \pm 1$)の場合、$RT/F$ を計算すると次のようになります。
$$\frac{RT}{F} = \frac{8.314 \times 310}{96485} \approx 0.0267 \, \mathrm{V} = 26.7 \, \mathrm{mV}$$
自然対数を常用対数に変換すると($\ln x = 2.303 \log_{10} x$)、1価イオンのネルンスト式は次の簡便な形になります。
$$E_X = \frac{61.5 \, \mathrm{mV}}{z} \log_{10} \frac{[\mathrm{X}]_{\mathrm{out}}}{[\mathrm{X}]_{\mathrm{in}}}$$
この $61.5 \, \mathrm{mV}$($= 26.7 \times 2.303$)という値は、神経生理学で頻繁に使う定数です。室温($25 \, {}^\circ\mathrm{C}$、$T = 298 \, \mathrm{K}$)では $RT/F \approx 25.7 \, \mathrm{mV}$ となり、係数は $59.2 \, \mathrm{mV}$ になります。
典型的な哺乳類ニューロンにおける主要イオンの細胞内外の濃度は次の通りです。
| イオン | 細胞内濃度(mM) | 細胞外濃度(mM) | 濃度比 $[\mathrm{X}]_{\mathrm{out}}/[\mathrm{X}]_{\mathrm{in}}$ |
|---|---|---|---|
| $\mathrm{K^+}$ | $140$ | $5$ | $1/28$ |
| $\mathrm{Na^+}$ | $12$ | $145$ | $12.1$ |
| $\mathrm{Cl^-}$ | $4$ | $120$ | $30$ |
$\mathrm{K^+}$($z = +1$)の平衡電位を計算しましょう。
$$E_{\mathrm{K}} = 61.5 \times \log_{10} \frac{5}{140} = 61.5 \times \log_{10} 0.0357 = 61.5 \times (-1.447) \approx -89 \, \mathrm{mV}$$
$\mathrm{K^+}$ の平衡電位は約 $-89 \, \mathrm{mV}$ です。これは静止電位($-70 \, \mathrm{mV}$)に近いですが、完全には一致しません。
$$E_{\mathrm{Na}} = 61.5 \times \log_{10} \frac{145}{12} = 61.5 \times \log_{10} 12.1 = 61.5 \times 1.083 \approx +67 \, \mathrm{mV}$$
$\mathrm{Na^+}$ の平衡電位は約 $+67 \, \mathrm{mV}$ です。静止電位($-70 \, \mathrm{mV}$)とはかけ離れています。これは、静止時の膜が $\mathrm{Na^+}$ をほとんど通さないため、$\mathrm{Na^+}$ の「引っ張る力」がほとんど効いていないことを意味します。
$$E_{\mathrm{Cl}} = \frac{61.5}{-1} \times \log_{10} \frac{120}{4} = -61.5 \times \log_{10} 30 = -61.5 \times 1.477 \approx -91 \, \mathrm{mV}$$
$\mathrm{Cl^-}$ は負イオンなので $z = -1$ であることに注意してください。平衡電位は約 $-91 \, \mathrm{mV}$ で、$\mathrm{K^+}$ の平衡電位に近い値になります。
多くのニューロンでは、$\mathrm{Cl^-}$ は膜の透過性に応じて受動的に分布します。そのため $\mathrm{Cl^-}$ の濃度比は静止電位に「合わせるように」調節されており、$E_{\mathrm{Cl}}$ が静止電位に近い値を取ります。一方、$\mathrm{K^+}$ と $\mathrm{Na^+}$ の濃度勾配はナトリウムポンプが能動的に維持しています。
ここまでで、各イオンの平衡電位が計算できるようになりました。$\mathrm{K^+}$ の $E_{\mathrm{K}} \approx -89 \, \mathrm{mV}$、$\mathrm{Na^+}$ の $E_{\mathrm{Na}} \approx +67 \, \mathrm{mV}$ と、両者は大きく異なります。実際の静止電位 $-70 \, \mathrm{mV}$ はこの2つの間にありますが、$E_{\mathrm{K}}$ にずっと近い値です。次のセクションでは、複数のイオンの透過性を統合するゴールドマン方程式を使って、この値を定量的に説明します。
ネルンスト式は「ある1種類のイオンだけが膜を透過する場合」の平衡電位を与えます。しかし、実際の細胞膜は $\mathrm{K^+}$、$\mathrm{Na^+}$、$\mathrm{Cl^-}$ など複数のイオンを同時に(程度の差はあれ)透過させます。複数のイオンが同時に透過する状況では、膜電位はどのイオンの平衡電位とも一致しません。
1943年、David E. Goldmanは、膜内部の電場が一様であるという仮定(定電場近似、constant field assumption)のもとで、複数のイオンの透過性を統合する式を導きました。これがゴールドマン方程式(Goldman-Hodgkin-Katz 電圧方程式、GHK方程式とも呼ばれます)です。
ゴールドマン方程式に登場する透過性 $P$ は、あるイオンが膜を横切る速さを表す係数です(単位は $\mathrm{cm/s}$)。$P$ が大きいほど、そのイオンは膜を速く透過できます。透過性はイオンチャネルの数と開閉状態に依存するため、細胞の状態によって刻々と変化します。
$$V_m = \frac{RT}{F} \ln \frac{P_{\mathrm{K}}[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{out}} + P_{\mathrm{Na}}[\mathrm{Na^+}]_{\mathrm{out}} + P_{\mathrm{Cl}}[\mathrm{Cl^-}]_{\mathrm{in}}}{P_{\mathrm{K}}[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{in}} + P_{\mathrm{Na}}[\mathrm{Na^+}]_{\mathrm{in}} + P_{\mathrm{Cl}}[\mathrm{Cl^-}]_{\mathrm{out}}}$$
$V_m$:膜電位(V)。$P_{\mathrm{K}}, P_{\mathrm{Na}}, P_{\mathrm{Cl}}$:各イオンの膜透過性。$[\,]_{\mathrm{out}}, [\,]_{\mathrm{in}}$:各イオンの細胞外・細胞内濃度。陽イオンは外側が分子、内側が分母に入り、陰イオン($\mathrm{Cl^-}$)は逆になることに注意(電荷の符号を吸収するため)。
誤:$\mathrm{Cl^-}$ も $\mathrm{K^+}$ と同じく外側を分子に入れる
正:$\mathrm{Cl^-}$ は $z = -1$ であるため、ネルンスト式の対数の分子・分母が陽イオンと逆転します。ゴールドマン方程式ではこの符号の違いを吸収するため、$\mathrm{Cl^-}$ は $[\mathrm{Cl^-}]_{\mathrm{in}}$ が分子に、$[\mathrm{Cl^-}]_{\mathrm{out}}$ が分母に入ります。
ゴールドマン方程式で重要なのは、透過性の絶対値ではなく比です。式全体を $P_{\mathrm{K}}$ で割ると、分子・分母の全項が $P_{\mathrm{K}}$ で約分されるためです。
典型的な哺乳類ニューロンの静止時の透過性比は次のように測定されています。
$$P_{\mathrm{K}} : P_{\mathrm{Na}} : P_{\mathrm{Cl}} = 1 : 0.04 : 0.45$$
$\mathrm{K^+}$ の透過性を $1$ としたとき、$\mathrm{Na^+}$ はわずか $0.04$($\mathrm{K^+}$ の25分の1)です。$\mathrm{Cl^-}$ の透過性は比較的高いですが、先述の通り $\mathrm{Cl^-}$ は受動的に分布しているため、膜電位を積極的に決める力はあまりありません。
先ほどの濃度データと透過性比を代入します。$P_{\mathrm{K}} = 1$, $P_{\mathrm{Na}} = 0.04$, $P_{\mathrm{Cl}} = 0.45$ として、
分子:$1 \times 5 + 0.04 \times 145 + 0.45 \times 4 = 5 + 5.8 + 1.8 = 12.6$
分母:$1 \times 140 + 0.04 \times 12 + 0.45 \times 120 = 140 + 0.48 + 54 = 194.5$
$$V_m = 26.7 \times \ln \frac{12.6}{194.5} = 26.7 \times \ln 0.0648 = 26.7 \times (-2.737)$$
$$V_m \approx -73 \, \mathrm{mV}$$
実測値の $-70 \, \mathrm{mV}$ にきわめて近い値が得られました。
この結果を直感的に理解しましょう。もし $P_{\mathrm{Na}} = 0$, $P_{\mathrm{Cl}} = 0$(膜が $\mathrm{K^+}$ だけを通す)とすると、ゴールドマン方程式は次のようになります。
$$V_m = \frac{RT}{F} \ln \frac{P_{\mathrm{K}}[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{out}}}{P_{\mathrm{K}}[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{in}}} = \frac{RT}{F} \ln \frac{[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{out}}}{[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{in}}} = E_{\mathrm{K}}$$
ゴールドマン方程式はネルンスト式の一般化であり、1種類のイオンだけが透過する極限では、ネルンスト式に帰着します。実際の静止膜では $P_{\mathrm{Na}}$ がゼロではないため、$\mathrm{Na^+}$ が膜電位を $E_{\mathrm{Na}}$(正の方向)へわずかに引っ張り、その分だけ静止電位は $E_{\mathrm{K}}$($-89 \, \mathrm{mV}$)よりも正側にずれて $-70 \, \mathrm{mV}$ 前後に落ち着きます。
ナトリウムポンプは $3 \, \mathrm{Na^+}$ を汲み出し $2 \, \mathrm{K^+}$ を取り込むため、正味の正電荷を細胞外に運び出しています(起電性ポンプ)。この直接的な電流の寄与は約 $-3 \sim -5 \, \mathrm{mV}$ と見積もられています。つまり、静止電位の大部分($-65 \sim -67 \, \mathrm{mV}$ 分)はイオンの受動的な透過で決まり、ポンプの直接的な寄与は小さいです。ただし、ポンプは濃度勾配を維持するという間接的な役割で決定的に重要です。
ネルンスト式とゴールドマン方程式を使って、静止電位の値を定量的に説明できるようになりました。次のセクションでは、これらの道具を使って活動電位の各相を再解釈し、臨床医学への応用を見ていきましょう。
高校で学んだ活動電位のグラフを、ゴールドマン方程式の観点から再解釈してみましょう。
静止時:$P_{\mathrm{K}} : P_{\mathrm{Na}} \approx 1 : 0.04$。膜電位は $E_{\mathrm{K}}$($-89 \, \mathrm{mV}$)の近くにある。
脱分極相:電位依存性 $\mathrm{Na^+}$ チャネルが開き、$P_{\mathrm{Na}}$ が急増して $P_{\mathrm{K}} : P_{\mathrm{Na}} \approx 1 : 20$ になります。ゴールドマン方程式において $\mathrm{Na^+}$ の項が支配的になるため、膜電位は $E_{\mathrm{Na}}$($+67 \, \mathrm{mV}$)に向かって急速に変化します。実際のピークが $+30 \sim +40 \, \mathrm{mV}$ にとどまるのは、$\mathrm{Na^+}$ チャネルの不活性化が始まり、完全に $E_{\mathrm{Na}}$ に到達する前に $P_{\mathrm{Na}}$ が低下し始めるためです。
再分極相:$\mathrm{Na^+}$ チャネルが不活性化し、遅延整流 $\mathrm{K^+}$ チャネルが開きます。$P_{\mathrm{K}}$ が通常の静止時よりも増大し、$P_{\mathrm{Na}}$ は急減します。膜電位は再び $E_{\mathrm{K}}$ に向かって戻ります。
過分極(アンダーシュート):$\mathrm{K^+}$ チャネルの閉鎖に時間がかかるため、一時的に $P_{\mathrm{K}}$ が静止時より高い状態が続き、膜電位が $E_{\mathrm{K}}$($-89 \, \mathrm{mV}$)に近い値まで下がります。その後、$\mathrm{K^+}$ チャネルが閉じて静止時の透過性比に戻り、膜電位は $-70 \, \mathrm{mV}$ に回復します。
ネルンスト式は臨床医学にも直結します。高カリウム血症(血中 $\mathrm{K^+}$ 濃度の異常上昇)を考えましょう。正常値 $[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{out}} = 5 \, \mathrm{mM}$ が $10 \, \mathrm{mM}$ に上昇したとします。
$$E_{\mathrm{K}} = 61.5 \times \log_{10} \frac{10}{140} = 61.5 \times (-1.146) \approx -70 \, \mathrm{mV}$$
$E_{\mathrm{K}}$ が $-89 \, \mathrm{mV}$ から $-70 \, \mathrm{mV}$ へ浅くなり、それに伴い静止電位も浅くなります。静止電位が浅くなると $\mathrm{Na^+}$ チャネルの一部が不活性化したままになり、活動電位の振幅が低下し、伝導速度が遅くなります。重篤な場合、心筋細胞が正常に興奮できなくなり心停止に至ります。このように、ネルンスト式を理解していれば、電解質異常の病態を数値的に予測できるのです。
1976年、Erwin NeherとBert Sakmannは、ガラス微小電極を細胞膜に密着させて単一のイオンチャネルを流れる電流を記録するパッチクランプ法を開発しました(1991年ノーベル生理学・医学賞)。この技術により、個々のチャネルの透過性 $P$ やコンダクタンス $g$ を直接測定することが可能になり、ゴールドマン方程式の各パラメータを実験的に検証できるようになりました。
このように、ネルンスト式とゴールドマン方程式は、神経生理学の基礎であると同時に、臨床医学における電解質異常の理解や、薬理学におけるイオンチャネル作用薬の開発にも不可欠な道具です。次のセクションでは、本記事の内容が他のトピックとどのようにつながるかを整理します。
膜電位の物理化学は、熱力学と神経生理学の結節点に位置します。以下のトピックと密接に関連しています。
それでは最後に、本記事の要点をまとめましょう。
Q1. ネルンスト式の導出において、電気化学ポテンシャルの「化学」の項と「電気」の項は、それぞれ何を表していますか。
Q2. $\mathrm{K^+}$ の平衡電位は約 $-89 \, \mathrm{mV}$ であるのに、静止電位が約 $-70 \, \mathrm{mV}$ と少し浅い理由を説明してください。
Q3. ゴールドマン方程式において、$\mathrm{Cl^-}$ の内外濃度が陽イオンと逆に配置される理由を述べてください。
Q4. 活動電位のピークが $E_{\mathrm{Na}}$(約 $+67 \, \mathrm{mV}$)に完全には到達せず $+30 \sim +40 \, \mathrm{mV}$ にとどまる理由を述べてください。
カエルの骨格筋細胞では、$[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{in}} = 124 \, \mathrm{mM}$、$[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{out}} = 2.3 \, \mathrm{mM}$ である。体温 $25 \, {}^\circ\mathrm{C}$($RT/F = 25.7 \, \mathrm{mV}$)における $\mathrm{K^+}$ の平衡電位 $E_{\mathrm{K}}$ を求めよ。
$$E_{\mathrm{K}} = 25.7 \times \ln \frac{2.3}{124} = 25.7 \times \ln 0.01855 = 25.7 \times (-3.987) \approx -102 \, \mathrm{mV}$$
ネルンスト式に値を代入する基本問題です。カエルの体温は哺乳類より低いため $RT/F = 25.7 \, \mathrm{mV}$ を使います。また、カエルの骨格筋は哺乳類ニューロンよりも $\mathrm{K^+}$ の濃度比が大きいため、$E_{\mathrm{K}}$ がより負になります。
ある細胞において、$\mathrm{Ca^{2+}}$($z = +2$)の細胞内濃度は $0.0001 \, \mathrm{mM}$($10^{-4} \, \mathrm{mM}$)、細胞外濃度は $2.0 \, \mathrm{mM}$ である。体温 $37 \, {}^\circ\mathrm{C}$ での $\mathrm{Ca^{2+}}$ の平衡電位を求めよ。なお、$z = +2$ であることに注意せよ。
$$E_{\mathrm{Ca}} = \frac{26.7}{2} \times \ln \frac{2.0}{0.0001} = 13.35 \times \ln 20000 = 13.35 \times 9.903 \approx +132 \, \mathrm{mV}$$
$\mathrm{Ca^{2+}}$ は2価イオンなので $z = 2$ を代入します。$RT/(zF) = 26.7/2 = 13.35 \, \mathrm{mV}$ となります。$\mathrm{Ca^{2+}}$ は細胞外に約2万倍も高い濃度で存在するため、平衡電位は $+132 \, \mathrm{mV}$ と非常に正の値になります。これが、$\mathrm{Ca^{2+}}$ チャネルが開くと $\mathrm{Ca^{2+}}$ が細胞内に流入する強い駆動力の源です。
哺乳類ニューロンにおいて、$\mathrm{Cl^-}$ を無視できるとする。静止時の透過性比が $P_{\mathrm{K}} : P_{\mathrm{Na}} = 1 : 0.04$ のとき、ゴールドマン方程式を用いて膜電位を求めよ。イオン濃度は $[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{in}} = 140$、$[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{out}} = 5$、$[\mathrm{Na^+}]_{\mathrm{in}} = 12$、$[\mathrm{Na^+}]_{\mathrm{out}} = 145$(単位はすべて mM)、$RT/F = 26.7 \, \mathrm{mV}$ とする。
$\mathrm{Cl^-}$ を無視すると、
$$V_m = 26.7 \times \ln \frac{1 \times 5 + 0.04 \times 145}{1 \times 140 + 0.04 \times 12} = 26.7 \times \ln \frac{5 + 5.8}{140 + 0.48}$$
$$= 26.7 \times \ln \frac{10.8}{140.48} = 26.7 \times \ln 0.0769 = 26.7 \times (-2.565)$$
$$\approx -68.5 \, \mathrm{mV}$$
$\mathrm{Cl^-}$ を無視しても $-68.5 \, \mathrm{mV}$ と実測値に近い値が得られます。分子($10.8$)は分母($140.48$)に比べて非常に小さく、これは $\mathrm{K^+}$ の透過が支配的であることを反映しています。もし $P_{\mathrm{Na}} = 0$ とすると $V_m = 26.7 \times \ln(5/140) = -89 \, \mathrm{mV} = E_{\mathrm{K}}$ となり、$\mathrm{Na^+}$ のわずかな透過が膜電位を約 $20 \, \mathrm{mV}$ 正の方向へ引き上げていることがわかります。
高カリウム血症により $[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{out}}$ が正常値の $5 \, \mathrm{mM}$ から $8 \, \mathrm{mM}$ に上昇した場合、$\mathrm{K^+}$ の平衡電位はどう変化するか。体温 $37 \, {}^\circ\mathrm{C}$ で計算せよ($[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{in}} = 140 \, \mathrm{mM}$ は変化しないと仮定する)。また、この変化が心筋細胞の興奮性にどのような影響を与えるか説明せよ。
正常時:$E_{\mathrm{K}} = 61.5 \times \log_{10}(5/140) = 61.5 \times (-1.447) \approx -89 \, \mathrm{mV}$
高カリウム時:$E_{\mathrm{K}} = 61.5 \times \log_{10}(8/140) = 61.5 \times (-1.243) \approx -76 \, \mathrm{mV}$
$E_{\mathrm{K}}$ は $-89 \, \mathrm{mV}$ から $-76 \, \mathrm{mV}$ へ、約 $13 \, \mathrm{mV}$ 正の方向にシフトする。
$E_{\mathrm{K}}$ が浅くなると静止電位も浅くなる。静止電位が浅くなると、電位依存性 $\mathrm{Na^+}$ チャネルの一部が不活性化状態に留まり、利用可能なチャネル数が減少する。その結果、活動電位の立ち上がり速度と振幅が低下し、伝導速度が遅くなる。重症では心筋細胞が興奮できなくなり、心停止のリスクが生じる。
$[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{out}}$ が $5$ から $8 \, \mathrm{mM}$ に上昇しただけで $E_{\mathrm{K}}$ は $13 \, \mathrm{mV}$ も変化します。ネルンスト式は対数関数なので、$[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{out}}$ の変化は $[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{out}}/[\mathrm{K^+}]_{\mathrm{in}}$ の比に影響し、細胞外濃度が低い(正常値 $5 \, \mathrm{mM}$)ため、わずかな絶対量の変化でも比が大きく変動します。これが電解質バランスの厳密な管理が生命維持に不可欠である理由です。
活動電位のピーク時に、透過性比が $P_{\mathrm{K}} : P_{\mathrm{Na}} = 1 : 20$ に変化するとする。$\mathrm{Cl^-}$ を無視し、前問と同じイオン濃度を用いて、ゴールドマン方程式からピーク時の膜電位を計算せよ。さらに、この計算結果が実測値($+30 \sim +40 \, \mathrm{mV}$)とどう比較されるか、差が生じる理由を述べよ。
$$V_m = 26.7 \times \ln \frac{1 \times 5 + 20 \times 145}{1 \times 140 + 20 \times 12} = 26.7 \times \ln \frac{5 + 2900}{140 + 240}$$
$$= 26.7 \times \ln \frac{2905}{380} = 26.7 \times \ln 7.645 = 26.7 \times 2.034$$
$$\approx +54 \, \mathrm{mV}$$
計算上のピーク電位は約 $+54 \, \mathrm{mV}$ だが、実測のピーク値は $+30 \sim +40 \, \mathrm{mV}$ であり、計算値よりも $14 \sim 24 \, \mathrm{mV}$ 低い。
差が生じる主な理由は2つあります。第一に、ゴールドマン方程式は定常状態の膜電位を与えますが、活動電位のピークは過渡的な状態であり、透過性比は一瞬も一定ではありません。ピーク時には $\mathrm{Na^+}$ チャネルの不活性化がすでに始まっており、実効的な $P_{\mathrm{Na}}/P_{\mathrm{K}}$ はピーク透過性比($20$)よりも小さくなっています。第二に、遅延整流 $\mathrm{K^+}$ チャネルの開口が始まっており、$P_{\mathrm{K}}$ が静止時よりも増大しています。これらの要因が重なって、実際のピーク電位は計算値よりも低い値にとどまります。
この限界を克服するには、透過性の時間変化を微分方程式で記述するホジキン・ハクスレーモデル(B-10-1)が必要です。