はじめに

高校生物は正しい。しかし、「なぜそうなるか」が省かれている。大学生物学はその「なぜ」に3つのアプローチで迫る。

1この教科書について

本書は、高校生物を学んでいる生徒が「大学ではこの内容をどう扱うのか」を知るための教科書です。

高校生物は正しい生物です。しかし、高校の段階ではいくつかの制約があり、「なぜそうなるか」の説明が十分にはできません。大学の生物は、より強力な道具を使ってその制約を解消します。

2「3つのアプローチ」は難しくするためのものではない

高校生物では、多くの現象を「名前と仕組み」として暗記します。大学生物学では、同じ現象を3つのアプローチで深く理解します。(1) 数理モデル:現象を数式で定量化する、(2) 分子機構:分子レベルの動作原理を理解する、(3) 統合的理論:複数の現象を一つの理論で説明する。

高校と大学の比較
テーマ高校生物大学生物
酵素反応「基質特異性がある」と暗記ミカエリス・メンテン式で反応速度を定量化
活動電位「Na⁺が流入する」と暗記ホジキン・ハクスレーモデルで数理的に再現
利他行動「群れのために」と理解ハミルトンの法則 rB > C で数学的に説明
個体群動態「S字カーブ」と暗記ロジスティック方程式で成長を予測

3本書で得られる6つのメリット

大学生物の視点を学ぶことで、高校生物の理解は次の6つの面で変わります。

カテゴリ具体的に何が変わるか
A 導出できる 暗記していた法則を、数理モデルから自分で導出できる。例:集団遺伝学の数式から進化速度を導出
B 統一できる 個別の現象が、一つの理論で説明できる。例:膜電位をネルンスト・ゴールドマン方程式で統一
C 範囲が広がる 高校では定性的だった現象を定量的に扱える。例:酵素反応をミカエリス・メンテン式で定量化
D 意味が分かる 「なぜそうなるか」の設計原理が見える。例:解糖系が10段階もある熱力学的理由
E 定量化できる 数式で予測ができるようになる。例:自由エネルギー $\Delta G$ で反応方向を予測
F 見通しが立つ 数理モデルで現象の振る舞いを予測できる。例:ロトカ・ヴォルテラ方程式で個体数変動を予測

4本書の構成

本書は高校生物の教科書と同じ単元構成をとっています。全5編・16章・38記事で構成されています。

章数記事数概要
第I編 進化の数理と理論 2章 5記事 進化を数理モデルで定量的に理解する。選択係数、遺伝的浮動、進...
第II編 生命現象と物質 3章 9記事 タンパク質・代謝・膜電位を物理化学と熱力学の原理で理解する...
第III編 遺伝情報の発現と発生 4章 8記事 DNA修復・エピジェネティクス・CRISPR・発生の分子機構...
第IV編 生物の環境応答 4章 8記事 神経・免疫・植物応答・概日リズムを分子機構と数理モデルで理解...
第V編 生態の数理 3章 8記事 個体群動態・生物多様性・行動戦略を微分方程式とゲーム理論で理...

5対象読者

本書は以下のような読者を想定しています。

  • 高校生物を学習中の上位層 ─ 教科書の内容は一通り理解していて、より深い理解を求めている生徒
  • 「なぜ」を知りたい生徒 ─ 暗記するだけでは物足りず、背景にある論理を知りたい生徒
  • 大学での学びに備えたい生徒 ─ 理系学部への進学を予定しており、大学の生物の雰囲気を事前に知りたい生徒
前提知識について

本書で必要な前提知識は高校生物の内容のみです。大学レベルの概念は、必要になった時点でその都度解説します。

6本書の立ち位置

本書は高校生物の教科書を置き換えるものではありません。高校生物の単元構成に沿って、各テーマを大学の視点で捉え直すものです。

高校生物を否定するのではなく、高校生物が「なぜあの教え方をしているのか」を含めて理解できるようになること。それが本書の目標です。