高校生物では、ニューロンが興奮すると「Na+チャネルが開いて脱分極し、続いてK+チャネルが開いて再分極する」と学びます。しかし、なぜ興奮は「全か無か」なのでしょうか。なぜ活動電位は一方向にしか伝わらないのでしょうか。高校の説明では、これらの問いに定量的に答えることができません。
1952年、Alan HodgkinとAndrew Huxleyは、ヤリイカの巨大軸索を用いた精密な電気生理実験に基づき、ニューロンの膜を電気回路として記述する数理モデルを構築しました。わずか4つの連立微分方程式で、活動電位の波形・閾値・不応期・伝導速度のすべてを定量的に再現したのです。この記事では、ニューロンの電気回路モデルの組み立てからホジキン・ハクスレー方程式の生物学的意味まで、一本の筋でたどっていきます。
高校生物で学ぶニューロンの興奮について整理しましょう。ニューロンの細胞膜の内側は、静止状態では外側に対して約 $-70 \, \mathrm{mV}$ の電位差を持っています。これを静止電位と呼びます。
刺激を受けると、電位依存性Na+チャネルが開き、Na+が細胞外から細胞内へ流入します。これにより膜電位が急上昇(脱分極)し、約 $+30 \, \mathrm{mV}$ に達します。その後、Na+チャネルが不活性化されると同時に電位依存性K+チャネルが開き、K+が細胞内から細胞外へ流出して膜電位が下がります(再分極)。一時的に静止電位よりも深い負の電位になる過分極を経て、最終的に静止電位に戻ります。
活動電位は全か無かの法則に従います。閾値以下の刺激では活動電位は生じず、閾値以上であれば刺激の強さによらず常に同じ大きさの活動電位が発生します。また、活動電位は軸索上を一方向に伝導し、途中で減衰しません。
しかし高校の説明では、いくつかの疑問が残ります。「閾値」とは何がどのような条件を満たすことなのか。なぜ「全か無か」であって中間の振幅にはならないのか。なぜ活動電位は一方向にしか伝わらないのか。次のセクションで、大学の生物物理学がこれらの問いにどう答えるかを見ていきましょう。
ホジキン・ハクスレーモデルの核心は、ニューロンの膜をコンデンサ(脂質二重層)と可変抵抗(イオンチャネル)の並列回路として表現することです。各イオンチャネルのコンダクタンス(電気の通しやすさ)が膜電位に依存して時間変化するという、たった1つのアイデアから、活動電位のすべての性質が演繹されます。
高校で暗記した「全か無か」「不応期」「一方向伝導」は、すべてこの電気回路モデルの数学的帰結です。暗記ではなく、物理法則から導かれるのです。
この視点を理解するために、まず膜の等価回路モデルの組み立てから始めましょう。なお、各イオンの平衡電位(ネルンスト電位)やゴールドマン方程式については、B-5-1で詳しく解説しています。本記事ではそれらを既知として用います。
ニューロンの細胞膜は、厚さ約 $5 \, \mathrm{nm}$ の脂質二重層でできています。この薄い絶縁体の両側にイオン(電荷)が蓄えられるので、膜は電気的にはコンデンサ(キャパシタ)として振る舞います。膜のコンデンサとしての性質は膜容量 $C_m$ で表され、典型的な値は $1 \, \mu\mathrm{F/cm^2}$ です。
コンデンサに蓄えられる電荷 $Q$ と電位差 $V$ の関係は $Q = C_m V$ です。したがって、膜電位 $V$ が変化するとき、コンデンサを流れる電流(容量電流)は次のように書けます。
$$I_C = C_m \frac{\mathrm{d}V}{\mathrm{d}t}$$
この式は、「膜電位が急速に変化するほど、大きな容量電流が流れる」ことを意味します。活動電位の立ち上がりが非常に速い(約 $1 \, \mathrm{ms}$ で $100 \, \mathrm{mV}$ 変化する)のは、この容量電流を上回るイオン電流が流れるからです。
イオンチャネルは、特定のイオンを通す膜貫通タンパク質です。電気回路の言葉では、チャネルが開いているとき、そのイオン種に対するコンダクタンス(電気の通しやすさ、抵抗の逆数)$g$ が増加します。チャネルが閉じていれば $g = 0$ です。
あるイオン種 $X$ のチャネルを通って流れるイオン電流 $I_X$ は、コンダクタンス $g_X$ と、膜電位 $V$ とそのイオンの平衡電位 $E_X$ の差(駆動力)の積で表されます。
$$I_X = g_X(V - E_X)$$
これはオームの法則の一般化です。$V = E_X$ のとき、つまり膜電位がそのイオンの平衡電位に等しいとき、電流はゼロになります。平衡電位はネルンスト式(B-5-1参照)で決まり、Na+の平衡電位は $E_{\mathrm{Na}} \approx +50 \, \mathrm{mV}$、K+の平衡電位は $E_{\mathrm{K}} \approx -77 \, \mathrm{mV}$ です。
以上を組み合わせると、ニューロンの膜は次の等価回路として表現できます。コンデンサ $C_m$ と、Na+・K+・漏洩(リーク)の3つのイオンチャネル(それぞれ起電力 $E_{\mathrm{Na}}$, $E_{\mathrm{K}}$, $E_L$ をもつ可変抵抗)が、すべて並列に接続されています。
キルヒホッフの電流保存則により、膜を横切る全電流はゼロでなければなりません(外部から電流を注入する場合はその分だけ追加されます)。したがって、
$$C_m \frac{\mathrm{d}V}{\mathrm{d}t} = -I_{\mathrm{Na}} - I_{\mathrm{K}} - I_L + I_{\mathrm{ext}}$$
ここで $I_{\mathrm{ext}}$ は外部から注入される刺激電流です。右辺のマイナス符号は、「正のイオン電流が外向き(膜電位を下げる方向)に流れる」という慣例に基づきます。イオン電流を代入すると、
$$C_m \frac{\mathrm{d}V}{\mathrm{d}t} = -g_{\mathrm{Na}}(V - E_{\mathrm{Na}}) - g_{\mathrm{K}}(V - E_{\mathrm{K}}) - g_L(V - E_L) + I_{\mathrm{ext}}$$
誤:Na+チャネルが開くとNa+の抵抗が増加する
正:Na+チャネルが開くとNa+のコンダクタンス(通しやすさ)が増加する。コンダクタンスは抵抗の逆数であり、チャネルが開くと抵抗は減少する。
ここまでで、ニューロンの膜を電気回路として記述する枠組みができました。しかし、この式だけでは活動電位を再現できません。なぜなら、$g_{\mathrm{Na}}$ と $g_{\mathrm{K}}$ がどのように時間変化するかがまだ決まっていないからです。次のセクションで、ホジキンとハクスレーがこれをどのように定式化したかを見ていきましょう。
ホジキンとハクスレーが直面した最大の困難は、活動電位が発生すると膜電位とイオン電流が同時に変化してしまい、両者の因果関係を解きほぐせないことでした。彼らはこの問題を、電位固定法(voltage clamp)という実験技術で解決しました。
電位固定法の原理は明快です。膜電位を実験者が指定した値に「固定」(クランプ)します。膜電位が変化しないように、フィードバック回路で常に電流を供給し続けます。このとき供給する電流は、イオンチャネルを通って流れる電流と大きさが等しく符号が逆です。つまり、フィードバック回路が供給する電流を測定すれば、その膜電位でのイオン電流がわかるのです。
ヤリイカの巨大軸索(直径約 $0.5 \, \mathrm{mm}$)は、この実験に理想的でした。軸索が太いため電極を内部に挿入でき、膜全体を均一に電位固定できたのです。
膜電位を $-70 \, \mathrm{mV}$ から $0 \, \mathrm{mV}$ にステップ状に変化させると、まず内向きの電流(Na+の流入)が急速に流れ、すぐに減衰します。続いて外向きの電流(K+の流出)がゆっくりと増加し、持続します。
ホジキンとハクスレーは、細胞外液のNa+を除去する実験(Na+をコリンで置換)を行い、Na+電流だけを消しました。残った外向き電流がK+電流です。全電流との差分からNa+電流を求めました。
さらに、さまざまな固定電位でこの実験を繰り返し、各膜電位での $g_{\mathrm{Na}}$ と $g_{\mathrm{K}}$ の時間経過を系統的に測定しました。
電位固定実験の結果、ホジキンとハクスレーは各コンダクタンスの時間変化を次のように特徴づけました。
Na+コンダクタンス:脱分極させると急速に増加するが、その後自発的に減少する。つまり、「活性化」と「不活性化」の2つの過程がある。
K+コンダクタンス:脱分極させるとゆっくり増加し、持続する。「活性化」のみで、不活性化はほとんどない。
この挙動を記述するために、ホジキンとハクスレーはゲート変数という概念を導入しました。各ゲート変数は 0 から 1 の値をとり、イオンチャネルの「門」が開いている確率を表します。
コンダクタンスは、これらのゲート変数と最大コンダクタンス $\bar{g}$ の積で表されます。
$$g_{\mathrm{Na}} = \bar{g}_{\mathrm{Na}} \, m^3 h$$
$$g_{\mathrm{K}} = \bar{g}_{\mathrm{K}} \, n^4$$
なぜ $m^3$ や $n^4$ なのでしょうか。これは実験データへのフィッティングから決められた指数ですが、分子的な解釈も可能です。Na+チャネルが開くには3つの活性化サブゲートがすべて開き($m^3$)、かつ不活性化ゲートが開いている($h$)必要があります。K+チャネルでは4つのサブゲートがすべて開く($n^4$)必要があります。後年の分子生物学の研究により、電位依存性Na+チャネルには4つの相同ドメインのうち3つが活性化に関与し、K+チャネルは4つの同一サブユニットから構成されることが明らかになり、ホジキンとハクスレーの数理的予測が分子構造で裏付けられました。
各ゲート変数 $x$($m$, $h$, $n$ のいずれか)は、次の一次微分方程式に従います。
$$\frac{\mathrm{d}x}{\mathrm{d}t} = \alpha_x(V)(1 - x) - \beta_x(V) \cdot x$$
この式の意味は直感的に理解できます。$\alpha_x(V)$ はゲートが閉じた状態($1 - x$)から開いた状態へ遷移する速度定数、$\beta_x(V)$ は開いた状態($x$)から閉じた状態へ遷移する速度定数です。どちらも膜電位 $V$ の関数であることが決定的に重要です。これにより、膜電位がコンダクタンスを制御し、コンダクタンスがイオン電流を変え、イオン電流が膜電位を変えるというフィードバックループが形成されます。
この微分方程式は、定常状態値 $x_\infty(V)$ と時定数 $\tau_x(V)$ を用いて次のように書き直すこともできます。
$$\frac{\mathrm{d}x}{\mathrm{d}t} = \frac{x_\infty(V) - x}{\tau_x(V)}$$
ここで $x_\infty(V) = \alpha_x/(\alpha_x + \beta_x)$ は膜電位 $V$ における定常状態値(ゲートが最終的に到達する値)、$\tau_x(V) = 1/(\alpha_x + \beta_x)$ はそこに到達する速さ(時定数)です。
$$C_m \frac{\mathrm{d}V}{\mathrm{d}t} = -\bar{g}_{\mathrm{Na}} \, m^3 h (V - E_{\mathrm{Na}}) - \bar{g}_{\mathrm{K}} \, n^4 (V - E_{\mathrm{K}}) - g_L (V - E_L) + I_{\mathrm{ext}}$$
$$\frac{\mathrm{d}m}{\mathrm{d}t} = \alpha_m(V)(1 - m) - \beta_m(V) \cdot m$$
$$\frac{\mathrm{d}h}{\mathrm{d}t} = \alpha_h(V)(1 - h) - \beta_h(V) \cdot h$$
$$\frac{\mathrm{d}n}{\mathrm{d}t} = \alpha_n(V)(1 - n) - \beta_n(V) \cdot n$$
4つの変数 $V$, $m$, $h$, $n$ に対する4つの連立常微分方程式。$C_m$:膜容量、$\bar{g}_{\mathrm{Na}}$, $\bar{g}_{\mathrm{K}}$:最大コンダクタンス、$g_L$:漏洩コンダクタンス、$E_{\mathrm{Na}}$, $E_{\mathrm{K}}$, $E_L$:各イオンの平衡電位(逆転電位)、$\alpha_x(V)$, $\beta_x(V)$:電位依存性の速度定数。
| パラメータ | 値(ヤリイカ巨大軸索、$6.3 \, {}^\circ\mathrm{C}$) | 意味 |
|---|---|---|
| $C_m$ | $1 \, \mu\mathrm{F/cm^2}$ | 膜容量 |
| $\bar{g}_{\mathrm{Na}}$ | $120 \, \mathrm{mS/cm^2}$ | Na+最大コンダクタンス |
| $\bar{g}_{\mathrm{K}}$ | $36 \, \mathrm{mS/cm^2}$ | K+最大コンダクタンス |
| $g_L$ | $0.3 \, \mathrm{mS/cm^2}$ | 漏洩コンダクタンス |
| $E_{\mathrm{Na}}$ | $+50 \, \mathrm{mV}$ | Na+平衡電位 |
| $E_{\mathrm{K}}$ | $-77 \, \mathrm{mV}$ | K+平衡電位 |
| $E_L$ | $-54.4 \, \mathrm{mV}$ | 漏洩平衡電位 |
1952年当時、電子計算機はまだ黎明期でした。ハクスレーは手回し計算機を用いて、これらの連立微分方程式を数値的に解きました。活動電位1本の波形を計算するのに約3週間を要したと言われています。現代のコンピュータなら1秒もかかりません。それでも彼らの計算結果は実験データと見事に一致し、モデルの正しさを実証しました。
ホジキン・ハクスレー方程式の構造が明らかになりました。4つの変数、4つの方程式 ── それだけで活動電位を完全に記述できるのです。しかし、このモデルの真価は方程式を「解く」ことで見えてきます。次のセクションでは、閾値と不応期がこの方程式からどのように導かれるかを見ていきましょう。
活動電位の「全か無か」の性質は、Na+チャネルの正のフィードバック(正帰還)から生まれます。そのメカニズムを段階的に追ってみましょう。
これは典型的な正のフィードバックループです。いったんこのループが十分な強さで回り始めると、加速度的に脱分極が進み、膜電位は $E_{\mathrm{Na}}$ 付近まで一気に跳ね上がります。これが活動電位の急激な立ち上がりです。
では「閾値」とは、このフィードバックループの言葉で何を意味するのでしょうか。数理的には、不安定固定点として理解できます。
静止状態($V \approx -65 \, \mathrm{mV}$)では、小さな脱分極に対してK+の外向き電流と漏洩電流が内向きNa+電流を上回り、膜電位は静止電位に引き戻されます。これは安定な固定点です。
しかし、十分に脱分極すると、Na+の内向き電流がK+の外向き電流を上回るようになります。この「内向き電流 = 外向き電流」となる膜電位が閾値に相当します。
閾値の電位(ヤリイカでは約 $-55 \, \mathrm{mV}$ 付近)は不安定固定点です。ちょうどこの電位では内向き電流と外向き電流が釣り合っていますが、ほんのわずかでも上にずれればNa+の正のフィードバックが勝って活動電位が発火し、下にずれれば静止電位に戻ります。山の頂上にボールを置いたようなもので、どちら側にも倒れ得る ── これが「全か無か」の数理的な意味です。
ホジキン・ハクスレーモデルにおいて、閾値は「Na+コンダクタンスの正のフィードバックが、K+コンダクタンスと漏洩コンダクタンスによる負のフィードバックに打ち勝つ膜電位」として定量的に定義されます。閾値は固定された値ではなく、チャネルの状態(特に $h$ と $n$)に依存して変動します。
活動電位の直後に再び刺激を与えても、すぐには次の活動電位が生じません。この期間を不応期と呼びます。ホジキン・ハクスレーモデルでは、不応期はゲート変数 $h$ と $n$ の回復過程から自然に説明されます。
絶対不応期(約 $1 \, \mathrm{ms}$):活動電位のピーク付近で、Na+チャネルの不活性化ゲート $h$ がほぼ 0 に低下しています。$h \approx 0$ のとき、$g_{\mathrm{Na}} = \bar{g}_{\mathrm{Na}} m^3 h \approx 0$ となり、どれだけ強い刺激を与えても Na+ コンダクタンスは増加しません。正のフィードバックが物理的に不可能なため、活動電位は絶対に発生しません。
相対不応期(約 $2$--$5 \, \mathrm{ms}$):$h$ が部分的に回復し始めますが、まだ静止状態の値(約 $0.6$)より低い状態です。同時に、K+チャネルの活性化ゲート $n$ がまだ高い値を保っており、K+ の外向き電流が大きいままです。そのため、通常より強い刺激(大きな内向き電流)がないと正のフィードバックが始まりません。つまり、閾値が一時的に上昇しています。
この不応期の存在こそが、活動電位の一方向伝導を保証します。軸索上のある点で活動電位が発生すると、その興奮は両隣に広がろうとします。しかし、すでに興奮した側の膜は不応期にあるため、新たな活動電位は発生しません。まだ興奮していない側の膜だけが脱分極して活動電位を生じます。こうして、活動電位は一方向にだけ伝導するのです。
誤:活動電位のピーク後にNa+チャネルが「閉じる」ので再分極する
正:Na+チャネルは不活性化(inactivation)する。これは単にゲートが閉じるのとは異なり、チャネルが再び開くためにはまず膜電位が静止電位付近に戻り、$h$ が回復する必要がある。この不活性化からの回復に時間がかかることが不応期の原因である。
ホジキン・ハクスレーモデルにおける活動電位の経過を、ゲート変数の変化とともにまとめましょう。
| 時間経過 | $V$ | $m$ | $h$ | $n$ | 何が起きているか |
|---|---|---|---|---|---|
| 静止状態 | $\approx -65$ | 低い | 高い | 低い | K+漏洩電流と Na+/K+ ポンプが静止電位を維持 |
| 閾値到達 | $\approx -55$ | 急上昇中 | まだ高い | まだ低い | Na+ 正のフィードバックが外向き電流に打ち勝つ |
| 脱分極のピーク | $\approx +35$ | 最大 | 急低下中 | 上昇中 | $V$ が $E_{\mathrm{Na}}$ に近づき駆動力が減少 |
| 再分極 | 下降中 | 低下 | 低い | 最大付近 | $h \approx 0$ で $g_{\mathrm{Na}}$ 消失、$n$ 最大で $g_{\mathrm{K}}$ が大きい |
| 過分極 | $< -65$ | 低い | 回復中 | ゆっくり低下 | $g_{\mathrm{K}}$ がまだ高いため $E_{\mathrm{K}}$ 方向に引かれる |
| 静止電位へ回復 | $\approx -65$ | 低い | 高い | 低い | すべてのゲート変数が静止状態に戻る |
この表から、活動電位の各フェーズがゲート変数 $m$, $h$, $n$ の異なる時間スケールでの変化によって支配されていることがわかります。$m$ が最も速く(時定数 $\sim 0.1 \, \mathrm{ms}$)、$h$ と $n$ はそれよりも遅い(時定数 $\sim 1$--$5 \, \mathrm{ms}$)。この時間スケールの分離こそが、活動電位のスパイク状の波形を生み出す鍵です。次のセクションでは、このモデルがどのように現代の計算神経科学へと発展したかを見ていきましょう。
ホジキン・ハクスレーモデルを学んだ今、高校生物で暗記した事実を数理的に再解釈してみましょう。
全か無かの法則:Na+コンダクタンスの正のフィードバック($V \uparrow \to m \uparrow \to g_{\mathrm{Na}} \uparrow \to I_{\mathrm{Na}} \uparrow \to V \uparrow$)が閾値(不安定固定点)を境にスイッチ的にオン・オフするためです。中間的な振幅の活動電位が存在しないのは、正のフィードバックがいったん始まると $E_{\mathrm{Na}}$ 付近まで一気に駆動されるからです。
活動電位の一方向伝導:活動電位が通過した後の膜は $h \approx 0$(Na+チャネルが不活性化状態)であり、正のフィードバックが起動できません。つまり不応期にあります。まだ興奮していない方向の膜だけが興奮可能なので、一方向にしか伝わりません。
伝導速度と軸索の太さの関係:高校では「有髄神経繊維は跳躍伝導で速い」「太い軸索ほど速い」と習います。太い軸索ほど軸索内部の電気抵抗が小さいため、局所電流がより遠くまで効率的に広がり、結果として伝導速度が上がります。ホジキンとハクスレーのモデルを空間的に拡張すると、伝導速度が軸索の半径の平方根に比例することが導かれます。
ホジキン・ハクスレーモデルは計算神経科学の出発点となりました。その後の主要な発展を紹介します。
FitzHugh-Nagumoモデル(1961年):ホジキン・ハクスレーモデルの本質を2変数に縮約した簡略モデルです。$m$ が非常に速いので $m \approx m_\infty(V)$ と近似し(準定常状態近似)、$h$ と $n$ が逆相関することを利用して1つの回復変数にまとめます。数学的解析が容易になり、興奮性の位相平面解析が可能になりました。
ニューラルネットワークモデル:個々のニューロンのモデルをシナプス結合で連結し、神経回路の集団的振る舞い(リズム生成、パターン形成、情報処理)を研究します。ホジキン・ハクスレーモデルは生物学的に精密ですが計算コストが高いため、大規模シミュレーションではLeaky Integrate-and-Fire(LIF)モデルなどの簡略モデルが用いられます。
ホジキンとハクスレーは1963年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。彼らのモデルは純粋に電気生理学的データから構築されたものでしたが、後年のパッチクランプ法の開発(Neher & Sakmann、1976年、1991年ノーベル賞)により、単一イオンチャネルの電流が測定可能になり、モデルの分子的基盤が確認されました。さらに、2003年のMacKinnonらによるK+チャネルのX線結晶構造解析(ノーベル化学賞)は、電位センサードメインの構造を明らかにし、ゲート変数 $n$ の分子的実体を示しました。
ホジキン・ハクスレーモデルは基礎科学の枠を超え、臨床医学にも応用されています。局所麻酔薬(リドカインなど)はNa+チャネルを遮断して $\bar{g}_{\mathrm{Na}}$ を減少させ、活動電位の発生を抑制します。抗てんかん薬の一部はNa+チャネルの不活性化からの回復を遅らせ($h$ の回復時定数を増大させ)、神経の過剰な発火を防ぎます。心臓の不整脈治療薬も、心筋細胞のイオンチャネルに対する同様の数理的理解に基づいて設計されています。
ホジキン・ハクスレーモデルから70年以上が経った現在も、このモデルは神経科学のあらゆる分野の基盤であり続けています。次のセクションでは、本記事の内容が他のトピックとどのように関連するかを整理します。
活動電位の数理モデルは、膜の物理化学からシナプスの生理学まで、幅広いトピックと結びついています。
それでは最後に、本記事の要点をまとめましょう。
Q1. ホジキン・ハクスレーモデルにおいて、ニューロンの脂質二重層はどのような電気素子に対応しますか。また、イオンチャネルはどのような電気素子に対応しますか。
Q2. ゲート変数 $m$, $h$, $n$ のうち、脱分極に対して最も速く応答するのはどれですか。また、それが活動電位の波形にどのような影響を与えますか。
Q3. 電位固定法(voltage clamp)の実験原理を簡潔に説明してください。なぜ活動電位の研究にこの方法が必要だったのですか。
Q4. Na+チャネルの不活性化ゲート $h$ が不応期において果たす役割を、数式を用いて説明してください。
膜電位が $V = -20 \, \mathrm{mV}$ のとき、Na+の平衡電位を $E_{\mathrm{Na}} = +50 \, \mathrm{mV}$、Na+コンダクタンスを $g_{\mathrm{Na}} = 30 \, \mathrm{mS/cm^2}$ として、Na+電流 $I_{\mathrm{Na}}$ の大きさと向き(内向きか外向きか)を求めよ。
$$I_{\mathrm{Na}} = g_{\mathrm{Na}}(V - E_{\mathrm{Na}}) = 30 \times (-20 - 50) = 30 \times (-70) = -2100 \, \mu\mathrm{A/cm^2}$$
電流は $-2100 \, \mu\mathrm{A/cm^2}$($-2.1 \, \mathrm{mA/cm^2}$)。負の値は内向き電流(Na+が細胞内に流入する方向)を意味する。
$V - E_{\mathrm{Na}} = -70 \, \mathrm{mV}$ は駆動力であり、負であることはNa+が平衡電位に向かって流入する(脱分極させる)方向に流れることを意味します。この内向きNa+電流こそが活動電位の急激な立ち上がりを駆動する力です。
Na+チャネルの最大コンダクタンスが $\bar{g}_{\mathrm{Na}} = 120 \, \mathrm{mS/cm^2}$ であり、ある瞬間のゲート変数の値が $m = 0.8$, $h = 0.5$ であるとする。このときの Na+ コンダクタンス $g_{\mathrm{Na}}$ を求めよ。
$$g_{\mathrm{Na}} = \bar{g}_{\mathrm{Na}} \, m^3 h = 120 \times (0.8)^3 \times 0.5 = 120 \times 0.512 \times 0.5 = 30.72 \, \mathrm{mS/cm^2}$$
$m^3 h = 0.256$ なので、最大コンダクタンスの約 25.6% しか利用されていない状態です。$m$ が $0.8$ とかなり大きくても $m^3 = 0.512$ であり、さらに $h = 0.5$ がかかるため、コンダクタンスは大きく抑えられます。$m^3$ という3乗の効果が、活動電位の立ち上がりをより急峻にする($m$ が小さいうちはコンダクタンスが非常に小さく、ある値を超えると急増する)ことに寄与しています。
ホジキン・ハクスレーモデルを用いて、局所麻酔薬(Na+チャネル遮断薬)が活動電位に与える影響を定量的に説明せよ。具体的には、$\bar{g}_{\mathrm{Na}}$ が正常値の半分に低下した場合、閾値と活動電位の振幅にどのような変化が予想されるか論じよ。
$\bar{g}_{\mathrm{Na}}$ が半分に低下すると、同じ膜電位でのNa+内向き電流が半分になる。
閾値の上昇:正のフィードバックが外向きK+電流に打ち勝つためには、より大きな脱分極が必要になる。つまり、Na+電流が減少した分を補うために、駆動力 $(V - E_{\mathrm{Na}})$ の絶対値を大きくする(より正の膜電位にする)か、$m$ をより大きくする必要があり、閾値が上昇する。
振幅の低下:活動電位のピークは $g_{\mathrm{Na}}(V - E_{\mathrm{Na}}) + g_{\mathrm{K}}(V - E_{\mathrm{K}}) \approx 0$ となる電位付近で決まる。$g_{\mathrm{Na}}$ が小さくなると、この釣り合い点がより負の電位にシフトし、ピーク電位が低下する。
$\bar{g}_{\mathrm{Na}}$ がさらに低下すると、正のフィードバックが外向き電流に決して勝てなくなり、活動電位はまったく発生しなくなる(伝導ブロック)。これが局所麻酔の原理である。
臨床的に重要なポイントは、局所麻酔薬は「全か無か」の「無」の状態を作り出すということです。閾値を上昇させることで、通常の生理的刺激では活動電位が発生しなくなり、痛覚を含む感覚情報の伝達が遮断されます。
ゲート変数 $x$ の微分方程式 $\mathrm{d}x/\mathrm{d}t = \alpha_x(1 - x) - \beta_x \cdot x$ において、膜電位を一定に固定した場合($\alpha_x$, $\beta_x$ が定数)の解を求めよ。初期条件を $x(0) = x_0$ とする。また、定常状態値 $x_\infty$ と時定数 $\tau_x$ を $\alpha_x$, $\beta_x$ で表せ。
微分方程式を整理すると、
$$\frac{\mathrm{d}x}{\mathrm{d}t} = \alpha_x - (\alpha_x + \beta_x)x$$
$x_\infty = \alpha_x / (\alpha_x + \beta_x)$、$\tau_x = 1/(\alpha_x + \beta_x)$ とおくと、
$$\frac{\mathrm{d}x}{\mathrm{d}t} = \frac{x_\infty - x}{\tau_x}$$
これは一次線形常微分方程式であり、解は
$$x(t) = x_\infty - (x_\infty - x_0) \, e^{-t/\tau_x}$$
すなわち、$x$ は初期値 $x_0$ から定常値 $x_\infty$ へ、時定数 $\tau_x$ で指数関数的に緩和する。
この解は、電位固定実験における各ゲート変数の時間経過を記述します。膜電位をステップ状に変化させると、ゲート変数は新しい定常値 $x_\infty(V)$ に向かって指数関数的に変化します。時定数 $\tau_x(V)$ が変化の速さを決め、$m$ では約 $0.1 \, \mathrm{ms}$、$h$ や $n$ では約 $1$--$5 \, \mathrm{ms}$ です。この時定数の違いが活動電位の波形を決定します。
活動電位のピーク電位を推定する簡略化されたモデルを考える。ピーク付近では $m \approx 1$(飽和)、$n$ はまだ小さいと仮定し、K+電流の寄与を無視する。また、$h$ もピーク付近ではまだ十分に大きいとして $h \approx h_0$(ピーク時の $h$ の値)とする。
(a) ピーク電位 $V_{\mathrm{peak}}$ では $\mathrm{d}V/\mathrm{d}t = 0$ である。この条件と、K+電流を無視する仮定、および漏洩電流の式を用いて、$V_{\mathrm{peak}}$ を $\bar{g}_{\mathrm{Na}}$, $h_0$, $E_{\mathrm{Na}}$, $g_L$, $E_L$ で表せ。
(b) ヤリイカのパラメータ($\bar{g}_{\mathrm{Na}} = 120 \, \mathrm{mS/cm^2}$, $g_L = 0.3 \, \mathrm{mS/cm^2}$, $E_{\mathrm{Na}} = +50 \, \mathrm{mV}$, $E_L = -54.4 \, \mathrm{mV}$, $h_0 = 0.3$)を代入して $V_{\mathrm{peak}}$ を求め、実測値(約 $+35 \, \mathrm{mV}$)と比較せよ。
(c) この簡略モデルが $V_{\mathrm{peak}} < E_{\mathrm{Na}}$ となる理由を、K+電流を無視したにもかかわらず物理的に説明せよ。
(a) $\mathrm{d}V/\mathrm{d}t = 0$ かつ $I_{\mathrm{ext}} = 0$, K+電流無視の条件より、
$$\bar{g}_{\mathrm{Na}} \, h_0 (V_{\mathrm{peak}} - E_{\mathrm{Na}}) + g_L (V_{\mathrm{peak}} - E_L) = 0$$
$V_{\mathrm{peak}}$ について解くと、
$$V_{\mathrm{peak}} = \frac{\bar{g}_{\mathrm{Na}} \, h_0 \, E_{\mathrm{Na}} + g_L \, E_L}{\bar{g}_{\mathrm{Na}} \, h_0 + g_L}$$
(b) 数値を代入すると、
$$V_{\mathrm{peak}} = \frac{120 \times 0.3 \times 50 + 0.3 \times (-54.4)}{120 \times 0.3 + 0.3} = \frac{1800 - 16.32}{36 + 0.3} = \frac{1783.68}{36.3} \approx 49.1 \, \mathrm{mV}$$
実測値の約 $+35 \, \mathrm{mV}$ よりも高い推定値となる。これはK+電流を無視したためであり、実際にはピーク付近で $n$ が増加し始めて外向きK+電流がピーク電位を引き下げる。
(c) K+電流を無視したこの簡略モデルでも $V_{\mathrm{peak}} < E_{\mathrm{Na}} = +50 \, \mathrm{mV}$ となるのは、漏洩電流 $g_L(V - E_L)$ が外向き電流として作用するためである。$V > E_L$ のとき漏洩電流は外向きであり、Na+の内向き電流と釣り合う点が $E_{\mathrm{Na}}$ より低い電位になる。また $h_0 < 1$ であること、すなわちNa+チャネルの部分的な不活性化も $g_{\mathrm{Na}}$ を下げてピーク電位を $E_{\mathrm{Na}}$ から引き離す要因である。
このモデルは活動電位のピーク電位がNa+の平衡電位($+50 \, \mathrm{mV}$)に達しない理由を定量的に理解するための良い練習問題です。実際のピーク電位は、Na+チャネルの不活性化($h$ の低下)、K+チャネルの活性化($n$ の増加)、漏洩電流の3つの効果が複合的に作用して決まります。簡略モデルの推定値($49.1 \, \mathrm{mV}$)と実測値($\sim 35 \, \mathrm{mV}$)の差(約 $14 \, \mathrm{mV}$)がK+電流の寄与に相当します。