高校生物では、植物の光周性やフロリゲンの制御の背後に「体内時計」があることを学びます。しかし、体内時計とは具体的に何でしょうか。なぜ約24時間という特定の周期を刻めるのでしょうか。
大学の分子生物学は、この問いに明快な答えを与えます。体内時計の実体は、転写-翻訳フィードバックループ(TTFL)という分子回路です。時計遺伝子の産物が自分自身の転写を抑制するという負のフィードバックが、約24時間周期の振動を生み出します。動物でもショウジョウバエでも植物でも、この設計原理は共通しています。さらに、この振動が数理的に「リミットサイクル」と呼ばれる安定な振動であることを理解すると、温度補償性や光同調といった生物時計の不思議な性質までも統一的に説明できます。
高校生物では、植物が日長(昼の長さ)の変化を感知して花芽を形成する現象を光周性と学びます。短日植物は連続暗期が一定時間を超えると花芽を形成し、長日植物は連続暗期が一定時間より短くなると花芽を形成します。この花芽形成のシグナルとして、葉で合成され茎頂に運ばれるフロリゲン(FTタンパク質)を学びます。
光周性の実験で興味深いのは、暗期を中断する光(光中断実験)の効果が、光を当てるタイミングによって大きく異なることです。これは植物が単純に暗期の長さを計っているのではなく、内在的なリズム ── すなわち体内時計(概日時計)── を持っていることを示唆します。体内時計は外界の明暗サイクルがなくても約24時間周期で振動し続けます。
また、動物にも体内時計があり、睡眠・覚醒リズム、体温変動、ホルモン分泌の周期性を制御していることを学びます。哺乳類では視交叉上核(SCN)が中枢時計として知られています。光受容体としてはフィトクロムが植物で重要な役割を果たします。
しかし高校の教科書では、体内時計の分子的な実体について踏み込みません。「約24時間のリズムを生む分子機構とは何か」「なぜ温度が変化しても周期が一定に保たれるのか」── この問いに答えるには、大学の分子生物学と数理生物学の視点が必要です。次のセクションで、分子時計の設計原理を概観します。
概日時計の設計原理は驚くほどシンプルです。時計遺伝子がコードするタンパク質が、自分自身の遺伝子の転写を抑制する。この負のフィードバックに適切な時間遅延(転写・翻訳・核移行・分解にかかる時間)が加わると、系は自律的な振動を始めます。
この設計原理は動物(CLOCK/BMAL1 → Per/Cry)にも植物(TOC1/CCA1/LHY)にも共通しており、進化的に独立に獲得されたにもかかわらず、同じ工学的原理 ── 遅延のある負のフィードバック ── に収斂しています。B-5-2で学んだ「負のフィードバックは振動を生みうる」という原理が、ここで生物時計という壮大な現象として実現されています。
この設計原理を理解した上で、まず動物(哺乳類とショウジョウバエ)の分子時計を詳しく見ていきましょう。
概日リズムの分子機構の解明は、ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)から始まりました。1971年、Seymour Benzerと Ron Konopaは、羽化リズムに異常を示すショウジョウバエの突然変異体を単離し、その原因遺伝子をperiod(per)と名づけました。per のヌル変異体はリズムを完全に失い、ミスセンス変異体では周期が短くなったり長くなったりしました。これは、単一の遺伝子が時計の周期を決定していることを意味する画期的な発見でした。
1984年、Jeffrey Hall、Michael Rosbash、Michael Youngの3つの研究グループが独立に per 遺伝子のクローニングに成功しました。さらにHallとRosbashは、PERタンパク質の量が約24時間周期で振動し、per mRNAの振動よりも数時間遅れることを発見しました。この「mRNAが先に増え、タンパク質が遅れて増え、その後mRNAが減少する」というパターンは、PERタンパク質が自分自身の遺伝子の転写を抑制していることを強く示唆しました。
1990年、HardinとRosbashは、PERタンパク質が核に移行して per 遺伝子の転写を抑制することを実験的に証明しました。これが転写-翻訳フィードバックループ(Transcription-Translation Feedback Loop, TTFL)の概念の誕生です。一つのサイクルは以下のように進行します。
このサイクル全体にかかる時間 ── 転写、翻訳、タンパク質の蓄積、核移行、転写抑制、分解 ── の合計が約24時間になるように調整されています。
哺乳類の分子時計は、ショウジョウバエと相同な遺伝子で構成されていますが、より複雑なネットワークを形成しています。中核となるのは以下の4つのタンパク質ファミリーです。
正の要素(転写活性化因子)として、CLOCKとBMAL1があります。CLOCKとBMAL1はbHLH-PASドメインを持つ転写因子で、ヘテロ二量体を形成します。このCLOCK:BMAL1二量体が、標的遺伝子のプロモーター領域にあるE-box配列(CACGTG)に結合し、転写を活性化します。
負の要素(転写抑制因子)として、PER(Period; PER1, PER2, PER3の3種)とCRY(Cryptochrome; CRY1, CRY2の2種)があります。PERとCRYはCLOCK:BMAL1によって転写されるターゲット遺伝子の産物です。
一つのサイクルを具体的に追ってみましょう。
誤:Per や Cry という遺伝子が時計として振動している
正:振動しているのは個々の遺伝子ではなく、転写活性化因子と転写抑制因子が構成するフィードバックループ全体です。CLOCK/BMAL1/PER/CRYのどれか一つを欠いても時計は止まります。時計の実体はネットワーク(回路)であり、個別の部品ではありません。
哺乳類の時計には、メインのPer/Cryループに加えて、補助フィードバックループが存在します。CLOCK:BMAL1は Rev-erb$\alpha$ と Ror$\alpha$ の転写も活性化します。REV-ERB$\alpha$はBmal1の転写を抑制し、ROR$\alpha$はBmal1の転写を活性化します。この二つが拮抗することで、BMAL1の発現量が周期的に変動し、時計の振動をより安定化・堅牢化しています。
このように、哺乳類の分子時計は「メインの負のフィードバックループ」と「補助ループ」の組み合わせで構成されています。では、植物の時計も同じ原理で動いているのでしょうか。次のセクションで、植物の分子時計を見てみましょう。
植物(モデル生物はシロイヌナズナ Arabidopsis thaliana)にも分子時計が存在しますが、時計遺伝子は動物とは相同性を持ちません。つまり、動物と植物の分子時計は独立に進化したものです。にもかかわらず、設計原理は驚くほど似ています。
植物時計の中核を構成するのは以下の3つのタンパク質です。
一つのサイクルを追ってみましょう。
実際の植物時計はこの3者に加えて、PRR9, PRR7, PRR5, PRR3といったTOC1の類縁遺伝子が朝から夕方にかけて順番に発現し、連鎖的な抑制のリレーを形成しています。しかし、本質的な設計原理は「相互抑制を含む負のフィードバックループ」です。
| 特徴 | 哺乳類 | ショウジョウバエ | 植物(シロイヌナズナ) |
|---|---|---|---|
| 正の転写因子 | CLOCK:BMAL1 | dCLOCK:CYCLE | (相互抑制型のため明確な「正」はない) |
| 負の要素 | PER:CRY | PER:TIM | CCA1/LHY と TOC1が相互に抑制 |
| 分解の制御 | CKI$\varepsilon$/$\delta$ → $\beta$-TrCP | DOUBLETIME → SLIMB | ZTL(ユビキチンリガーゼ) |
| 光入力 | メラノプシン(網膜)→ SCN | CRY(光でTIMを分解) | フィトクロム, CRY |
| 設計原理 | 遅延のある負のフィードバック(TTFL) | ||
動物と植物の時計遺伝子には配列の相同性がほとんどありません。それにもかかわらず、どちらも「転写-翻訳フィードバックループ」という同じ回路設計を採用しています。これは収斂進化であり、約24時間の安定な振動を生み出すための設計解がきわめて限られていることを示唆しています。
「遅延のある負のフィードバックは振動を生む」という工学的原理は、生物時計に限らず、B-5-2で学んだシグナル伝達の振動現象にも共通します。では、この振動はどのような数理的構造を持っているのでしょうか。
動物でも植物でも同じ設計原理が使われていることがわかりました。次のセクションでは、この振動の安定性を数理的に理解するために、リミットサイクルの概念を導入します。
負のフィードバックが振動を生みうることは直感的に理解できます。しかし、生物の概日リズムには「単なる振動」以上の性質があります。
これらの性質を説明するには、リミットサイクル(limit cycle)という数理的概念が必要です。
概日時計のTTFLを、最も単純化して2つの変数で記述しましょう。$x$ を時計遺伝子のmRNA濃度、$y$ を時計タンパク質の濃度とします。$x$ と $y$ の時間変化を記述する微分方程式は、一般的に次のような形を取ります。
$$\frac{dx}{dt} = f(x, y)$$
$$\frac{dy}{dt} = g(x, y)$$
ここで $f$ はmRNAの生成と分解を、$g$ はタンパク質の生成と分解を表す関数です。負のフィードバックを表現するために、$f$ にはタンパク質 $y$ による抑制の項が含まれます。
$x$ と $y$ を座標軸にとった平面を位相平面(phase plane)と呼びます。ある時刻の系の状態は位相平面上の一点 $(x, y)$ で表され、時間の経過とともにこの点が移動して軌道(trajectory)を描きます。
概日時計のTTFLを数理的に記述した古典的モデルが、1965年にBrian Goodwinが提案したGoodwinモデルです。mRNA ($x$)、タンパク質 ($y$)、核内抑制因子 ($z$) の3変数で構成されます。
$$\frac{dx}{dt} = \frac{v_1}{K^n + z^n} - k_1 x$$
$$\frac{dy}{dt} = v_2 x - k_2 y$$
$$\frac{dz}{dt} = v_3 y - k_3 z$$
$x$:mRNA濃度、$y$:細胞質タンパク質濃度、$z$:核内抑制因子濃度。$v_1, v_2, v_3$:最大合成速度。$k_1, k_2, k_3$:分解速度定数。$K$:抑制の半飽和定数。$n$:ヒル係数(協同性)。$K^n/(K^n + z^n)$ の項が「$z$ が蓄積すると $x$ の転写を抑制する」負のフィードバックを表現しています。
Goodwinモデルは、$z$(核内の時計タンパク質)が蓄積するとmRNA $x$ の転写速度が低下するという負のフィードバックを、ヒル関数 $K^n/(K^n + z^n)$ で表現しています。ヒル係数 $n$ が十分に大きい(協同性が高い)とき、このモデルは振動解を持ちます。
位相平面上で、系の軌道が最終的に一定の閉じた曲線に収束するとき、その閉曲線をリミットサイクルと呼びます。リミットサイクルは以下の重要な性質を持ちます。
概日時計に求められる性質とリミットサイクルの数学的性質を対応づけてみましょう。
要求1:自律的に振動し続ける → リミットサイクルは減衰しない安定な振動です。ATPの供給がある限り、永続的に振動を続けます。
要求2:外乱に対して復帰する → リミットサイクルは構造安定であり、一時的な摂動(温度変化、光パルスなど)で軌道がずれても、自動的に元の振動パターンに戻ります。
要求3:周期と振幅が一定である → リミットサイクルの周期と振幅はパラメータで決まり、初期条件に依存しません。細胞分裂後の娘細胞でも、時計分子の分配比が異なっても、同じ24時間周期に収束します。
逆に、リミットサイクルでない振動(減衰振動や、不安定な振動中心に依存する振動)では、これらの性質を満たすことができません。
物理で学ぶ単振動($\ddot{x} = -\omega^2 x$)の解は、中心の周りの楕円軌道になります。しかし、この振動は構造安定ではありません ── 振幅は初期条件で決まり、外部摂動があると振幅が変わってしまいます。また、現実の系では摩擦で減衰します。リミットサイクルは非線形性によってエネルギーを補給しながら一定振幅を維持する、生物にとってはるかに適した振動形態です。
以上で、概日時計がなぜ安定に振動できるのかを数理的に理解しました。リミットサイクルという概念は、概日時計だけでなく、細胞周期の振動やカルシウムオシレーションなど、生物学のあらゆる振動現象に登場します。次のセクションでは、この理解を使って、温度補償性と光同調(エントレインメント)のメカニズムを説明します。
一般に、化学反応の速度は温度が10℃上昇すると2〜3倍に加速します($Q_{10} \approx 2\text{--}3$)。もし概日時計の各反応が単純に加速するなら、高温では周期が短くなるはずです。しかし、概日時計の周期は15℃でも35℃でもほぼ24時間に保たれます($Q_{10} \approx 0.8\text{--}1.2$)。この性質を温度補償性(temperature compensation)と呼びます。
温度補償性のメカニズムは完全には解明されていませんが、現在有力な説明は「拮抗バランスモデル」です。時計の各段階の反応速度は温度で変化しますが、周期を短縮させる反応と延長させる反応が相殺するようにパラメータが進化的に調整されている、という考え方です。
Goodwinモデルで考えると、合成速度定数 $v_1, v_2, v_3$ や分解速度定数 $k_1, k_2, k_3$ はそれぞれ温度で変化しますが、それらの組み合わせで決まる振動周期がほぼ一定になるようなパラメータの関係が存在します。リミットサイクルの周期はパラメータの非線形な関数であるため、個々のパラメータが変化しても周期が不変に保たれる領域(パラメータ空間の中の温度補償面)が存在しうるのです。
具体的な分子メカニズムとして、ショウジョウバエではCKI(DOUBLETIME)によるPERのリン酸化速度が温度に対してほぼ不変であることが示されています。また、哺乳類ではCKI$\varepsilon$の活性とPERの分解速度の温度依存性が拮抗することで、全体の周期が保たれると考えられています。
概日時計は恒常暗条件でも振動を続けますが、自然環境では明暗サイクルに同調(エントレインメント、entrainment)します。毎日の日の出がリセット信号として働き、時計を外界の24時間周期に合わせるのです。
エントレインメントの分子機構は、動物と植物で異なります。
哺乳類では、網膜の特殊な光受容細胞(内因性光感受性網膜神経節細胞、ipRGC)に含まれる光受容体メラノプシンが光を感知します。光の情報は網膜視床下部路を通じてSCNに伝達され、SCNのニューロンで Per1 と Per2 の転写が急速に誘導されます。これによりPERタンパク質のレベルが一時的に上昇し、時計の位相がシフトします。
ショウジョウバエでは、光受容体CRY(クリプトクロム)が光を直接受容し、光依存的にTIMタンパク質の分解を促進します。TIMはPERの安定化に必要なパートナーであるため、TIMの分解はPERの分解も引き起こし、時計がリセットされます。
植物では、フィトクロム(赤色光/遠赤色光受容体)やクリプトクロム(青色光受容体)が光を感知し、CCA1やLHYの転写を誘導することで時計を同調させます。
リミットサイクルの観点から見ると、光パルスによって系の状態が一時的にリミットサイクルから外れますが、構造安定性により再びリミットサイクルに戻ります。このとき、光パルスのタイミングによって位相が進んだり遅れたりします。この位相応答をグラフにしたものが位相応答曲線(PRC, Phase Response Curve)であり、概日リズム研究の基本ツールです。
2017年のノーベル生理学・医学賞は、Jeffrey C. Hall、Michael Rosbash、Michael W. Youngの3名に贈られました。受賞理由は「概日リズムを制御する分子メカニズムの発見」です。Hallと Rosbashはショウジョウバエのper遺伝子の転写フィードバックループを発見し、Youngはtimeless遺伝子とPERタンパク質の核移行の仕組みを明らかにしました。彼らの研究は、体内時計の実体が転写-翻訳フィードバックループであるという概念を確立したものです。
概日時計の分子機構の理解は、医療にも直接的な応用をもたらしています。時間薬理学(chronopharmacology)では、薬の投与時刻を概日リズムに合わせて最適化します。例えば、抗がん剤の5-フルオロウラシルは夜間投与のほうが副作用が少なく有効性が高いことが臨床試験で示されています。これは、DNA合成に関わる酵素チミジル酸シンターゼの活性が概日変動するためです。
また、概日リズムの乱れ(シフトワーク、時差ボケ、社会的ジェットラグ)が肥満、糖尿病、がん、うつ病のリスク因子であることが疫学研究で示されており、概日時計の制御は現代医学の重要テーマとなっています。
概日リズムの分子設計は、シグナル伝達、遺伝子発現制御、数理生物学の結節点に位置します。以下のトピックと密接に関連しています。
それでは最後に、本記事の要点をまとめましょう。
Q1. 転写-翻訳フィードバックループ(TTFL)において、「負のフィードバック」とは具体的にどのようなプロセスですか。哺乳類の時計を例に説明してください。
Q2. 動物と植物の概日時計は独立に進化したにもかかわらず、同じ設計原理を持ちます。その共通の設計原理を一文で述べてください。
Q3. リミットサイクルが概日時計に適している理由を、「構造安定性」「初期条件非依存性」の二つの観点から説明してください。
Q4. 概日時計の温度補償性($Q_{10} \approx 1$)はなぜ驚くべき性質ですか。一般的な化学反応との違いを述べてください。
哺乳類の概日時計を構成する「正の要素」と「負の要素」をそれぞれ挙げ、それぞれの役割を説明せよ。また、一つのフィードバックサイクルがどのように完結するかを、転写活性化からタンパク質分解まで順を追って説明せよ。
正の要素はCLOCK:BMAL1ヘテロ二量体であり、標的遺伝子のE-box配列に結合して転写を活性化する。負の要素はPER:CRY複合体であり、核に移行してCLOCK:BMAL1の転写活性化能を直接阻害する。
サイクルの流れ:(1) CLOCK:BMAL1がPer/Cryを転写活性化 → (2) PER, CRYタンパク質が細胞質に蓄積 → (3) PER:CRYが核に移行 → (4) PER:CRYがCLOCK:BMAL1の活性を阻害(負のフィードバック)→ (5) CKI$\varepsilon$/$\delta$がPERをリン酸化 → (6) $\beta$-TrCPがユビキチン化し、プロテアソームで分解 → (7) 抑制解除、CLOCK:BMAL1が再活性化し新たなサイクル開始。
この一連のサイクルに約24時間かかるのは、各段階(翻訳、修飾、核移行、分解)に一定の時間を要するためです。タンパク質の分解は時計の周期決定に特に重要であり、CKIの活性変化は家族性睡眠相前進症候群(FASPS)の原因となります。
動物(哺乳類)と植物(シロイヌナズナ)の概日時計について、(a) 中核を構成するタンパク質の名称、(b) フィードバックの様式(正の転写因子が負の要素を駆動する方式 or 相互抑制方式)、(c) 光同調に関与する光受容体、の3点を比較せよ。
(a) 哺乳類:CLOCK, BMAL1, PER (1/2/3), CRY (1/2)。植物:CCA1, LHY, TOC1 (PRR1)。
(b) 哺乳類:CLOCK:BMAL1(正の転写因子)がPer/Cryの転写を駆動し、PER:CRYが負のフィードバックを行う「正→負」型。植物:CCA1/LHYとTOC1が相互に抑制し合う「相互抑制」型。
(c) 哺乳類:メラノプシン(ipRGCの光受容体)。植物:フィトクロム(赤色光)、クリプトクロム(青色光)。
両者の時計遺伝子には配列の相同性がないため、独立に進化した(収斂進化)と考えられています。しかし、「遅延のある負のフィードバック→自律振動」という設計原理は共通しており、これは約24時間の安定振動を実現するための解が工学的に限られていることを示唆しています。
Goodwinモデルにおいて、ヒル係数 $n$ が大きい(協同性が高い)ことが振動の発生に重要である。
(a) ヒル関数 $K^n/(K^n + z^n)$ のグラフの形が、$n = 1$ と $n = 10$ でどのように異なるかを定性的に説明せよ。
(b) $n$ が大きいほど振動が生じやすい理由を、スイッチ的な応答と時間遅延の観点から説明せよ。
(a) $n = 1$ のとき、ヒル関数はなだらかなS字(双曲線)であり、$z$ が増加するにつれて転写速度が緩やかに低下する。$n = 10$ のとき、関数は $z \approx K$ 付近で急激に0から1(または1から0)へ変化するスイッチ的な応答を示す。つまり、閾値 $K$ 以下ではほぼ全力で転写し、$K$ を超えるとほぼ完全に停止する。
(b) $n$ が大きいとき、転写のオン/オフがスイッチ的になるため、「全力で転写→タンパク質蓄積→閾値を超えて急に停止→タンパク質分解→閾値を下回って急にオン」というサイクルが明確に生じる。$n$ が小さいと、抑制が中途半端にかかり続けるため、系は振動せずに中間的な定常状態に落ち着いてしまう。スイッチ的応答は実効的な時間遅延を大きくし、これが振動の発生条件を満たしやすくする。
Goodwinモデルの数学的解析では、3変数モデルの場合 $n > 8$ 程度で振動が発生することが知られています。実際の概日時計ではPERタンパク質の多量体化やリン酸化カスケードが協同性を高め、スイッチ的な抑制を実現していると考えられます。
ある研究者が、CKI$\varepsilon$ の活性を2倍に増加させる変異を持つマウスを作成したところ、概日周期が約20時間に短縮した。この結果を、PERタンパク質の分解速度とフィードバックサイクルの関係から説明せよ。また、このマウスの概日時計はリミットサイクルの性質を保っているか否かを、予想される実験結果とともに論じよ。
CKI$\varepsilon$はPERをリン酸化して分解を促進する酵素である。活性が2倍になるとPERの分解が加速し、PER:CRYによる転写抑制が早期に解除される。その結果、CLOCK:BMAL1が早く再活性化し、次のサイクルが早く始まるため、全体の周期が短縮する。
このマウスの時計がリミットサイクルの性質を保っているならば、(1) 恒常暗条件で20時間周期の安定な振動が持続する、(2) 光パルスで一時的にリズムが乱されても20時間周期に復帰する、(3) 初期条件によらず同じ20時間周期に収束する、と予想される。周期が変わってもリミットサイクルの構造安定性は保たれているはずであり、実際にこのような変異マウス(tau変異ハムスターに類似)ではこれらの性質が観察されている。
実際に、シリアンハムスターのtau変異(CKI$\varepsilon$のgain-of-function変異)では周期が約20時間に短縮しますが、リズムは安定に持続します。これは、パラメータの変化(CKI$\varepsilon$活性の増大)によってリミットサイクルの周期が変わっただけで、リミットサイクル自体は消失していないことを示しています。ヒトでもPER2のリン酸化部位の変異が家族性睡眠相前進症候群を引き起こすことが知られています。
Goodwinモデルの簡略版として、mRNA ($x$) とタンパク質 ($y$) の2変数モデルを考える。
$$\frac{dx}{dt} = \frac{v}{K^n + y^n} - k_1 x$$
$$\frac{dy}{dt} = k_2 x - k_3 y$$
(a) 定常状態($dx/dt = 0$, $dy/dt = 0$)を求めよ。$x^*$ と $y^*$ が満たす関係式を書け。
(b) 定常状態の安定性を調べるために、ヤコビ行列を求めよ。
(c) このモデルが振動解を持つための条件を、ヤコビ行列のトレースと行列式を用いて定性的に論じよ(厳密な計算は不要)。
(a) $dx/dt = 0$ より $x^* = v/\{k_1(K^n + (y^*)^n)\}$。$dy/dt = 0$ より $y^* = k_2 x^*/k_3$。代入すると、
$$y^* = \frac{k_2 v}{k_1 k_3 (K^n + (y^*)^n)}$$
これは $y^*$ に関する暗黙的な方程式であり、$y^*(K^n + (y^*)^n) = k_2 v/(k_1 k_3)$ を満たす正の $y^*$ が定常状態である。
(b) $f(x,y) = v/(K^n + y^n) - k_1 x$、$g(x,y) = k_2 x - k_3 y$ とおくと、ヤコビ行列 $J$ は
$$J = \begin{pmatrix} \dfrac{\partial f}{\partial x} & \dfrac{\partial f}{\partial y} \\[8pt] \dfrac{\partial g}{\partial x} & \dfrac{\partial g}{\partial y} \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} -k_1 & \dfrac{-vn y^{n-1}}{(K^n + y^n)^2} \\[8pt] k_2 & -k_3 \end{pmatrix}$$
(c) トレース $\mathrm{tr}(J) = -k_1 - k_3 < 0$(常に負)。行列式 $\det(J) = k_1 k_3 + k_2 \cdot vn(y^*)^{n-1}/(K^n + (y^*)^n)^2 > 0$(常に正)。
トレースが常に負であるため、2変数Goodwinモデルでは定常状態が常に安定であり、ホップ分岐(振動の発生)は起こらない。これが「2変数ではGoodwinモデルは振動しない」という結論であり、振動の発生には3変数以上(追加の時間遅延)が必要である。
2変数系でリミットサイクルが生じるためには、トレースが正になる領域(不安定な定常状態)が必要です(ポアンカレ-ベンディクソンの定理)。Goodwinモデルでは対角成分が $-k_1$ と $-k_3$ で常に負であるため、トレースは正になりえません。3変数以上のモデルでは、追加の変数が実効的な時間遅延を導入し、定常状態を不安定化させてリミットサイクルの出現を可能にします。実際の概日時計では、転写、翻訳、リン酸化、核移行、分解という多段階のプロセスがこの「追加の遅延」を提供しています。