オオヤマネコとカンジキウサギの毛皮取引記録を見ると、両者の個体数は約10年の周期で増減を繰り返し、しかも捕食者の増減が被食者より少し遅れて追随しています。
高校生物では「捕食者が増えると被食者が減り、被食者が減ると捕食者も減り……」と言葉で説明されましたが、なぜ一方が絶滅せず、なぜ振動が持続するのかを定量的に示すことはありませんでした。
大学生物学では、ロトカとヴォルテラが独立に導いた連立微分方程式によって、この振動が数学的な必然であることを証明します。
さらに、位相平面という道具を使うと、2種の個体数がどのような軌道を描くかを一目で把握できます。
驚くべきことに、基本モデルでは軌道は閉じた曲線(閉軌道)となり、個体数は永遠に振動し続けます ── ただし、この「完璧な振動」はモデルの構造的不安定性に由来する理想化であり、現実に近づけるには密度依存効果や機能的応答の導入が必要です。
本記事では、捕食-被食の方程式を一から導出し、位相平面で解析し、モデルの限界を理解した上で、ホリングの機能的応答や実験的検証を経て、「なぜ捕食者と被食者は共存できるのか」という問いに答えます。
高校生物では、種間関係の一つとして捕食-被食関係(捕食者と被食者の関係)を学びました。 代表的な事例として取り上げられるのが、カナダのハドソン湾会社が記録したオオヤマネコ(捕食者)とカンジキウサギ(被食者)の毛皮取引データです。 このデータは約10年周期の個体数変動を示し、捕食者のピークが被食者のピークよりもやや遅れて現れます。
高校では、この振動を次のような定性的なサイクルで説明しました。
この説明は直感的にわかりやすいですが、いくつかの疑問が残ります。 なぜ振動は減衰して一定値に落ち着かないのでしょうか。 なぜ振動が増幅してどちらかが絶滅しないのでしょうか。 振動の周期や振幅はどのようにして決まるのでしょうか。 これらの問いに答えるには、定性的な言葉による説明から、定量的な数学モデルへと踏み込む必要があります。
ロトカ・ヴォルテラの捕食モデルでは、被食者 $N$ と捕食者 $P$ の個体数は位相平面上で閉軌道を描き、永続的に振動します。これは「捕食者が被食者を追いかける」というタイムラグ的な構造が連立微分方程式に内在しているためです。
ただし、閉軌道が成り立つのは基本モデルに限った話です。基本モデルは構造的に不安定であり、わずかな変更(密度依存効果の追加など)で閉軌道は崩れ、安定な平衡点への収束か発散に変わります。この「壊れやすさ」を理解し、何を加えれば現実の共存に近づくかを考えることが、このモデルを学ぶ最大の意義です。
では、ロトカ・ヴォルテラの捕食方程式はどのようにして導かれるのでしょうか。 前の記事(B-14-1 ロジスティック方程式)で学んだ単独種の増殖モデルを出発点として、捕食-被食の相互作用を組み込んでいきます。
この方程式は、アメリカの数理統計学者アルフレッド・ロトカ(1925年)とイタリアの数学者ヴィト・ヴォルテラ(1926年)がそれぞれ独立に導きました。 ヴォルテラがこの方程式を考えたきっかけは有名です。 彼の義理の息子で海洋生物学者のダンコーナが、第一次世界大戦中にアドリア海で漁業が減少したところ、捕食魚(サメなど)の割合がかえって増えた現象に気づき、ヴォルテラに数学的な説明を求めたのです。
被食者の個体数を $N$、捕食者の個体数を $P$ とします。基本モデルでは次の仮定を置きます。
被食者 $N$ の変化率を考えましょう。 捕食者がいなければ $dN/dt = rN$(指数増殖)です。 ここに捕食による減少項を加えます。 1回の捕食者-被食者の遭遇あたりの捕食効率を $a$ とすると、単位時間あたりの総捕食数は $aNP$ です。 パラメータ $a$ は攻撃率(attack rate)または探索効率(searching efficiency)と呼ばれます。
$$\frac{dN}{dt} = rN - aNP$$
次に、捕食者 $P$ の変化率を考えます。 被食者がいなければ $dP/dt = -mP$(指数減少、$m$ は捕食者の自然死亡率)です。 捕食者は被食者を食べることで繁殖します。 捕食された被食者 $aNP$ のうち、捕食者の新しい個体に転換される割合を $b$ とすると、捕食者の増殖項は $baNP$ です。 $b$ は転換効率(conversion efficiency)と呼ばれます。
$$\frac{dP}{dt} = baNP - mP$$
$$\frac{dN}{dt} = rN - aNP$$
$$\frac{dP}{dt} = baNP - mP$$
$N$:被食者の個体数、$P$:捕食者の個体数、$r$:被食者の内的自然増加率、 $a$:攻撃率(捕食者1個体が単位時間に遭遇する被食者の割合)、 $b$:転換効率(食べた被食者を新しい捕食者に変える効率)、 $m$:捕食者の自然死亡率。すべてのパラメータは正の定数。
| パラメータ | 意味 | 単位 | 生物学的な例 |
|---|---|---|---|
| $r$ | 被食者の内的自然増加率 | 時間$^{-1}$ | ウサギの繁殖力の高さ |
| $a$ | 攻撃率(探索効率) | 個体$^{-1} \cdot$ 時間$^{-1}$ | ヤマネコがウサギを見つけて捕まえる能力 |
| $b$ | 転換効率 | 無次元 | 食べたウサギを子ヤマネコに転換する効率($0 < b < 1$) |
| $m$ | 捕食者の自然死亡率 | 時間$^{-1}$ | ヤマネコの老化・病気による死亡率 |
方程式の右辺を因数分解すると、構造がより見やすくなります。
$$\frac{dN}{dt} = N(r - aP)$$
$$\frac{dP}{dt} = P(baN - m)$$
この形から、被食者の1個体あたりの増加率は $(r - aP)$ であり、捕食者が多いほど低下することがわかります。 同様に、捕食者の1個体あたりの増加率は $(baN - m)$ であり、被食者が多いほど上昇します。 2種の間に「追いかけっこ」の構造が組み込まれているのです。
方程式が導かれたところで、次はこの連立微分方程式の解がどのような挙動を示すかを、位相平面という強力な道具を使って解析します。
位相平面(phase plane)とは、横軸に被食者 $N$、縦軸に捕食者 $P$ をとった平面のことです。 ある時刻における $(N, P)$ の値は、この平面上の一点で表されます。 時間の経過とともに $(N, P)$ が変化すると、位相平面上に曲線(軌道)が描かれます。 位相平面の強みは、時間を陽に表示しなくても、2種の個体数の関係性を一目で把握できる点にあります。
位相平面解析の第一歩は、ヌルクライン(nullcline)を描くことです。 ヌルクラインとは、ある変数の変化率がゼロになる曲線のことです。
被食者のヌルクライン($dN/dt = 0$ となる曲線):
$$N(r - aP) = 0 \quad \Longrightarrow \quad N = 0 \;\;\text{ or }\;\; P = \frac{r}{a}$$
すなわち、$N = 0$($P$ 軸そのもの)と $P = r/a$(水平線)が被食者のヌルクラインです。 $P < r/a$ のとき被食者は増加し、$P > r/a$ のとき被食者は減少します。
捕食者のヌルクライン($dP/dt = 0$ となる曲線):
$$P(baN - m) = 0 \quad \Longrightarrow \quad P = 0 \;\;\text{ or }\;\; N = \frac{m}{ba}$$
すなわち、$P = 0$($N$ 軸そのもの)と $N = m/(ba)$(垂直線)が捕食者のヌルクラインです。 $N > m/(ba)$ のとき捕食者は増加し、$N < m/(ba)$ のとき捕食者は減少します。
2つのヌルクラインが交わる点が平衡点($dN/dt = 0$ かつ $dP/dt = 0$ となる点)です。 自明な平衡点は $(N^*, P^*) = (0, 0)$(両種が不在)です。 非自明な平衡点は、2本の非自明なヌルクラインの交点です。
$$N^* = \frac{m}{ba}, \qquad P^* = \frac{r}{a}$$
被食者の平衡個体数 $N^*$ は、捕食者の死亡率 $m$ が大きいほど、転換効率 $b$ と攻撃率 $a$ が小さいほど、大きくなります。 直感的には、捕食者が「効率の悪い」捕食者であるほど、被食者は多く存在できるということです。 一方、捕食者の平衡個体数 $P^*$ は、被食者の増加率 $r$ が大きいほど大きくなります。被食者がよく殖える環境では、より多くの捕食者を養えるのです。
直感に反する点:捕食者の攻撃率 $a$ を上げると、被食者の平衡個体数 $N^* = m/(ba)$ は減少し、捕食者の平衡個体数 $P^* = r/a$ も減少します。つまり、捕食者の能力を高めると、捕食者自身の平衡個体数も下がるのです。
理由:攻撃率が高い捕食者は被食者を効率的に減らすため、被食者が減ります。被食者が少なくなると食物が不足し、結局は捕食者も養えなくなるのです。これはヴォルテラの原理として知られ、殺虫剤で害虫と天敵を同時に殺すと、かえって害虫が増える現象(殺虫剤のパラドックス)を説明します。
2本のヌルクラインは位相平面を4つの領域に分割します。各領域での $N$ と $P$ の増減は次のとおりです。
| 領域 | $N$ と $m/(ba)$ の関係 | $P$ と $r/a$ の関係 | $N$ の変化 | $P$ の変化 |
|---|---|---|---|---|
| I | $N > m/(ba)$ | $P < r/a$ | 増加 | 増加 |
| II | $N > m/(ba)$ | $P > r/a$ | 減少 | 増加 |
| III | $N < m/(ba)$ | $P > r/a$ | 減少 | 減少 |
| IV | $N < m/(ba)$ | $P < r/a$ | 増加 | 減少 |
この表を見ると、軌道は領域 I → II → III → IV → I と反時計回りに回転することがわかります。 被食者がまず増え、続いて捕食者が増え、すると被食者が減り始め、やがて捕食者も減り、また被食者が回復する ── まさに高校で学んだ定性的なサイクルが、方程式から自然に導かれるのです。
回転しているだけでは、軌道が閉じているとは限りません。 内側に巻き込むスパイラル(安定な振動)かもしれませんし、外側に広がるスパイラル(不安定な振動)かもしれません。 ロトカ・ヴォルテラの基本モデルでは、実は保存量(時間によらない定数)が存在し、軌道が厳密に閉じていることを示せます。
$dP/dN$ を計算して $t$ を消去します。
$$\frac{dP}{dN} = \frac{dP/dt}{dN/dt} = \frac{P(baN - m)}{N(r - aP)}$$
変数分離します。
$$\frac{r - aP}{P}\,dP = \frac{baN - m}{N}\,dN$$
$$\left(\frac{r}{P} - a\right)dP = \left(ba - \frac{m}{N}\right)dN$$
両辺を積分します。
$$r \ln P - aP = baN - m \ln N + C$$
整理すると、次の量 $V(N, P)$ は軌道上で一定です。
$$V(N, P) = baN - m \ln N + aP - r \ln P = C \quad (\text{const.})$$
保存量 $V(N, P)$ が存在するということは、系の軌道は $V = C$ という等高線上に束縛されているということです。 $V$ の各等高線が閉じた曲線であることは、$V$ が平衡点 $(N^*, P^*)$ で唯一の極小値をもつことから示せます。 したがって、すべての軌道は平衡点のまわりを閉じた曲線として周回し、個体数は永続的に振動します。
ロトカ・ヴォルテラの基本モデルにおける平衡点 $(N^*, P^*)$ の安定性を、線形安定性解析で調べてみましょう。
平衡点 $(N^*, P^*)$ のまわりで微小な摂動 $n = N - N^*$, $p = P - P^*$ を考えます。ヤコビ行列は、
$$J = \begin{pmatrix} \partial(dN/dt)/\partial N & \partial(dN/dt)/\partial P \\ \partial(dP/dt)/\partial N & \partial(dP/dt)/\partial P \end{pmatrix}_{(N^*, P^*)}$$
各偏微分を計算すると、
$$J = \begin{pmatrix} r - aP^* & -aN^* \\ baP^* & baN^* - m \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 0 & -aN^* \\ baP^* & 0 \end{pmatrix}$$
対角成分がともに $0$ になるのは、$r - aP^* = r - a(r/a) = 0$ かつ $baN^* - m = ba \cdot m/(ba) - m = 0$ だからです。
固有値を求めます。特性方程式は、
$$\lambda^2 + a^2 b N^* P^* = 0$$
$$\lambda = \pm i\sqrt{a^2 b N^* P^*} = \pm i\sqrt{rm}$$
固有値は純虚数です。これは平衡点が中心(center)であることを意味します。
固有値が純虚数であるとは、摂動が減衰も増幅もせず、一定振幅で振動し続けることを意味します。 これが中立安定性です。 平衡点は安定でも不安定でもなく、軌道は閉じた曲線のままです。 振動の角振動数は $\omega = \sqrt{rm}$ であり、おおよその周期は $T \approx 2\pi/\sqrt{rm}$ で与えられます。
しかし、中立安定性は構造的に不安定(structurally unstable)な状態です。 これは、方程式にごくわずかな変更(密度依存効果の追加、攻撃率の個体数依存性など)を加えるだけで、中立安定性が崩れ、安定スパイラル(振動しながら平衡点に収束)か不安定スパイラル(振動しながら発散)に変わることを意味します。 現実の生態系では完全な中立安定性が成り立つことはまずなく、この基本モデルの限界として認識しておく必要があります。
保存量 $V$ を使って、ロトカ・ヴォルテラモデルの重要な性質を証明できます。1周期にわたって $\ln N$ と $\ln P$ を時間平均すると、その平均値がちょうど $N^*$ と $P^*$ の対数に等しいことが示されます。つまり、個体数の時間平均は平衡点に等しいのです。ヴォルテラはこの性質を使って、漁業が減少すると(捕食者の死亡率 $m$ が増加すると)被食者の時間平均個体数 $N^* = m/(ba)$ が増えることを示し、第一次世界大戦中にアドリア海で捕食魚の割合が増えた現象を説明しました。
位相平面解析によって、ロトカ・ヴォルテラの基本モデルが閉軌道を持ち、中立安定であることがわかりました。 しかし、この理想的なモデルには重要な限界があります。 次のセクションでは、基本モデルの限界を認識し、より現実的なモデルへと拡張する道筋を見ていきます。
ロトカ・ヴォルテラの基本モデルには、生態学的に見て非現実的な仮定がいくつか含まれています。
これらの限界を克服するための拡張として、とくに重要なのが機能的応答と密度依存効果の導入です。
機能的応答(functional response)とは、被食者の密度に対して捕食者1個体が単位時間あたりに食べる被食者数がどう変化するかを記述する関数です。 カナダの昆虫学者クロフォード・ホリング(C. S. Holling, 1959年)は、機能的応答を3つの型に分類しました。
| 型 | 関数形 | 特徴 | 生物学的例 |
|---|---|---|---|
| I型 | $f(N) = aN$($N \leq N_{\max}$ で線形、上限あり) | 被食者密度に比例して捕食量が増え、上限に達すると一定 | フィルター摂食者(クジラのヒゲ板による摂食) |
| II型 | $f(N) = \dfrac{aN}{1 + ahN}$ | 被食者密度の増加に対して捕食量が飽和する(減速曲線) | 多くの無脊椎動物の捕食者、寄生者 |
| III型 | $f(N) = \dfrac{aN^2}{1 + ahN^2}$ | 低密度では加速的に増え、高密度で飽和(S字型曲線) | 脊椎動物の捕食者(学習・切替え行動を持つ) |
ロトカ・ヴォルテラの基本モデルは、I型の機能的応答(上限なしの線形)を暗黙に仮定しています。 II型の機能的応答で用いられるパラメータ $h$ は処理時間(handling time)と呼ばれ、1匹の被食者を捕まえてから食べ終わるまでにかかる時間を表します。 処理中は新たな被食者を探索できないため、捕食量に上限が生じるのです。
$$f(N) = \frac{aN}{1 + ahN}$$
$a$:攻撃率、$h$:処理時間、$N$:被食者密度。 $N$ が小さいとき $f(N) \approx aN$(基本モデルと同じ線形)。 $N$ が大きいとき $f(N) \to 1/h$(飽和)。 最大捕食速度は $1/h$ で、処理時間の逆数によって決まります。 ホリングは、カマキリがハエを捕食する実験からこの式を導きました。
機能的応答が「1個体の捕食者がどれだけ食べるか」を記述するのに対し、数値的応答(numerical response)は「被食者密度に応じて捕食者の個体数がどう変化するか」を記述します。 数値的応答には、(1) 食物が豊富なときに繁殖率が上がる効果と、(2) 食物が豊富な場所に捕食者が集まる効果(集合的応答)の2つが含まれます。 ロトカ・ヴォルテラの基本モデルでは数値的応答は $baNP$(食べた量に比例した増殖)という単純な形で組み込まれています。
基本モデルの構造的不安定性を解消し、安定な共存を実現する要因をいくつか見ましょう。
(1) 被食者の密度依存効果:被食者にロジスティック的な自己制御を加えると、
$$\frac{dN}{dt} = rN\left(1 - \frac{N}{K}\right) - aNP$$
この修正だけで、平衡点は安定なスパイラル(減衰振動)になります。 ヤコビ行列の対角成分に負の項が現れるためです。 密度依存効果は被食者の「自己ブレーキ」として機能し、振動を減衰させるのです。
(2) II型機能的応答の導入:捕食項を $aNP/(1 + ahN)$ に置き換えると、被食者密度が高くなっても捕食量が飽和し、被食者が完全に食い尽くされにくくなります。 ただし、II型応答だけでは必ずしも安定化せず、むしろ不安定化することもあります(被食者のヌルクラインが山型になるため)。
(3) 避難所(レフュージ):被食者の一部が物理的に捕食者から隠れることができる場所(避難所)がある場合、捕食からの実効的な逃避が可能になり、被食者の絶滅を防ぎます。避難所は、被食者密度が低いときに特に効果を発揮し、共存を安定化させます。
(4) III型機能的応答:III型応答では、被食者密度が低いとき捕食率も低い(捕食者が他の餌に切り替えたり、まだ学習していなかったりするため)。 これにより、低密度の被食者は「密度が低いこと自体が保護になる」という効果(密度依存的な逃避)が生まれ、共存が安定化されます。
ロトカ・ヴォルテラの基本モデルが構造的に不安定なのは、被食者にも捕食者にも「密度依存的なブレーキ」がないためです。安定な共存を実現するには、何らかの形で密度依存効果を組み込む必要があります。
被食者の自己制限(ロジスティック項)、III型機能的応答(低密度での捕食圧の緩和)、避難所の存在 ── これらはすべて、個体数が極端になったときに系を引き戻す「復元力」を提供する仕組みです。
理論的な拡張を見てきましたが、これらのモデルは実際の生態系で検証されているのでしょうか。 次のセクションでは、ロトカ・ヴォルテラモデルの予測を実験室や野外で検証した古典的な研究を見ていきます。
ソビエトの生態学者ゲオルギー・ガウゼ(G. F. Gause)は、ゾウリムシ(Paramecium caudatum、被食者)とミズケムシ(Didinium nasutum、捕食者)の2種を用いた一連の実験を行いました。
実験1:単純な均一環境 ── 試験管内で2種を混合培養すると、Didinium はまず Paramecium を食い尽くし、その後 Didinium 自身も餓死して絶滅しました。ロトカ・ヴォルテラモデルが予測する持続的な振動は実現せず、速やかに共倒れとなったのです。
実験2:避難所の追加 ── 培地の底に沈殿物を加えて、Paramecium が隠れられる場所(避難所)を作りました。すると、Didinium は水面付近の Paramecium を食い尽くして絶滅しましたが、沈殿物に隠れた Paramecium が生き残り、そこから再増殖しました。ただし、捕食者が絶滅してしまったため、持続的な振動にはなりませんでした。
実験3:移入の追加 ── 定期的に外部から少数の Paramecium と Didinium を添加すると(移入)、個体数の振動が持続しました。ただし、この振動はモデルが予測する内因的な振動ではなく、外部からの撹乱によって維持されたものです。
誤解:「ガウゼの実験はロトカ・ヴォルテラモデルを実証した」と解釈してしまう。
正しい理解:ガウゼの実験は、均一な環境では捕食者-被食者の共存が極めて困難であることを示しました。ロトカ・ヴォルテラモデルの閉軌道は理想化であり、現実の共存には避難所や空間的異質性などの追加要素が必要であることを明らかにしたのです。
カリフォルニア大学バークレー校のカール・ハフェイカー(C. B. Huffaker)は、ガウゼの実験の限界を踏まえて、空間的異質性が共存にどう影響するかを調べました。
ハフェイカーは、ミカンハダニ(Eotetranychus sexmaculatus、被食者)とカブリダニの一種(Typhlodromus occidentalis、捕食者)を用いました。 オレンジの上にダニを配置し、オレンジの数と配置を変えることで空間構造を操作しました。
単純な配置 ── 少数のオレンジを密集して配置した場合、捕食者は被食者を速やかに食い尽くし、ガウゼの実験と同様に両者とも絶滅しました。
複雑な空間構造 ── 多数のオレンジを広い空間に分散配置し、さらにワセリンの壁で区画を作り、被食者(脚の細いハダニ)のみが風に乗って移動できるようにしました。 この条件下では、捕食者と被食者の個体数が3回以上の周期で振動し、少なくとも数か月間にわたって共存が維持されました。
ハフェイカーの実験が示した重要な教訓は、空間的な異質性(パッチ構造)が捕食者-被食者の共存を促進するということです。 被食者は捕食者のいないパッチに「逃げる」ことができ、捕食者は被食者のいるパッチに「追いかける」。 この空間的な追いかけっこが、局所的には絶滅が起きても、全体としては共存が維持されるメカニズムを提供するのです。 これは現代のメタ個体群理論の先駆けとなる発見でした。
教科書で最も有名な捕食-被食振動の例であるオオヤマネコとカンジキウサギですが、近年の研究では、この振動が単純なロトカ・ヴォルテラ型の捕食-被食相互作用だけでは説明できないことがわかっています。ウサギの個体数変動には、食物植物の防御物質(食物連鎖を通じた3者間の相互作用)やウサギ自身のストレス応答も関与していると考えられています。さらに、ウサギを捕食するのはヤマネコだけでなく、コヨーテやオオタカなど複数の捕食者がいます。実際の個体数変動は多種間の複雑な相互作用の結果であり、2種の単純なモデルでは完全には説明できません。それでも、ロトカ・ヴォルテラモデルは振動の本質的なメカニズム(「追いかけ」のタイムラグが生む振動)を捉えている点で、生態学の基盤として不可欠なモデルです。
高校生物で「捕食者が増える→被食者が減る→…」と学んだサイクルは、ロトカ・ヴォルテラ方程式の位相平面上での反時計回りの軌道にほかなりません。 また、「個体数の変動が見られる」と定性的に記述されていた現象が、方程式の中立安定性(閉軌道の存在)として定量化されます。 さらに、「天敵による生物的防除(バイオコントロール)」の効果を、ヴォルテラの原理 ── 捕食者の死亡率が増加すると被食者の平均個体数が増える ── で定量的に予測できるようになります。
ガウゼとハフェイカーの実験は、数理モデルの予測を実験で検証し、モデルの限界を明らかにし、そこからモデルを改良するという、科学の営みそのものを体現しています。
Q1. ロトカ・ヴォルテラの捕食方程式において、被食者のヌルクラインと捕食者のヌルクラインをそれぞれ示し、共存平衡点の座標を答えてください。
Q2. ロトカ・ヴォルテラの基本モデルで、共存平衡点のまわりの軌道が閉曲線になる理由を、保存量の観点から簡潔に説明してください。
Q3. ロトカ・ヴォルテラの基本モデルが「構造的に不安定」であるとはどういう意味ですか。また、安定化させるにはどのような修正が考えられますか。
Q4. ホリングのII型機能的応答 $f(N) = aN/(1 + ahN)$ において、パラメータ $h$(処理時間)の生物学的意味を説明し、$N$ が非常に大きいときの捕食速度を求めてください。
ロトカ・ヴォルテラの捕食方程式 $dN/dt = rN - aNP$, $dP/dt = baNP - mP$ において、パラメータが $r = 0.5$, $a = 0.01$, $b = 0.2$, $m = 0.3$ であるとします。
(a) 共存平衡点 $(N^*, P^*)$ を求めてください。
(b) 現在の個体数が $N = 200$, $P = 40$ のとき、$dN/dt$ と $dP/dt$ をそれぞれ計算し、各個体数が増加中か減少中かを判定してください。
(c) 平衡点のまわりの振動のおおよその周期 $T \approx 2\pi/\sqrt{rm}$ を計算してください。
(a) $N^* = m/(ba) = 0.3/(0.2 \times 0.01) = 150$, $P^* = r/a = 0.5/0.01 = 50$。共存平衡点は $(150, 50)$。
(b) $dN/dt = 0.5 \times 200 - 0.01 \times 200 \times 40 = 100 - 80 = 20 > 0$(被食者は増加中)。$dP/dt = 0.2 \times 0.01 \times 200 \times 40 - 0.3 \times 40 = 16 - 12 = 4 > 0$(捕食者も増加中)。この状態は領域 I($N > N^*$, $P < P^*$)に対応します。
(c) $T \approx 2\pi/\sqrt{rm} = 2\pi/\sqrt{0.5 \times 0.3} = 2\pi/\sqrt{0.15} \approx 2\pi/0.387 \approx 16.2$(時間単位)。
次の記述が正しいか誤りかを判定し、誤りの場合は正しく訂正してください。
(a) ロトカ・ヴォルテラの捕食方程式では、捕食者の攻撃率 $a$ を上げると、捕食者の平衡個体数 $P^*$ は増加する。
(b) 位相平面上の軌道は、共存平衡点のまわりを時計回りに周回する。
(c) ガウゼの実験では、均一環境においてゾウリムシとミズケムシの持続的な振動が観察された。
(a) 誤り。$P^* = r/a$ なので、$a$ を上げると $P^*$ は減少します。攻撃率の高い捕食者は被食者を減らしすぎて、自身も養えなくなるのです(ヴォルテラの原理)。
(b) 誤り。軌道は反時計回りに周回します。被食者 $N$ がまず増え、続いて捕食者 $P$ が増え、その後 $N$ が減り、$P$ も遅れて減る、というサイクルです。
(c) 誤り。均一環境では、Didinium(捕食者)が Paramecium(被食者)を食い尽くした後に自身も餓死し、両種とも絶滅しました。持続的な振動が観察されたのは、定期的な移入を行った場合のみです。
ロトカ・ヴォルテラの捕食方程式において、位相平面上の4つの領域(ヌルクラインで分割される領域)それぞれにおける $N$ と $P$ の増減を示し、軌道が反時計回りに回転することを論理的に説明してください。
2本のヌルクライン($P = r/a$ と $N = m/(ba)$)により、第1象限は4領域に分割されます。
領域 I($N > m/(ba)$, $P < r/a$):$dN/dt > 0$($N$ 増加)、$dP/dt > 0$($P$ 増加)。右上に向かう。
領域 II($N > m/(ba)$, $P > r/a$):$dN/dt < 0$($N$ 減少)、$dP/dt > 0$($P$ 増加)。左上に向かう。
領域 III($N < m/(ba)$, $P > r/a$):$dN/dt < 0$($N$ 減少)、$dP/dt < 0$($P$ 減少)。左下に向かう。
領域 IV($N < m/(ba)$, $P < r/a$):$dN/dt > 0$($N$ 増加)、$dP/dt < 0$($P$ 減少)。右下に向かう。
各領域での運動の方向を追うと、I → II → III → IV → I と反時計回りに回転することがわかります。
直感的には、被食者 $N$ の増減は捕食者 $P$ の多寡で決まり($P$ が少なければ $N$ は増える)、捕食者 $P$ の増減は被食者 $N$ の多寡で決まります($N$ が多ければ $P$ は増える)。この「交差的なフィードバック」がタイムラグを生み、反時計回りの回転運動を引き起こすのです。
被食者にロジスティック的な密度依存効果を加えた修正モデル
$$\frac{dN}{dt} = rN\left(1 - \frac{N}{K}\right) - aNP, \qquad \frac{dP}{dt} = baNP - mP$$
について、以下の問いに答えてください。
(a) 被食者のヌルクラインの式を求めてください。これは位相平面上でどのような形になりますか。
(b) 共存平衡点 $(N^*, P^*)$ を求めてください。
(c) この修正により、平衡点の安定性が基本モデルからどう変わるかを定性的に説明してください。
(a) $dN/dt = N[r(1 - N/K) - aP] = 0$ より、$N = 0$ または $P = (r/a)(1 - N/K)$。後者は $N$-$P$ 平面上で $N$ 軸との交点が $(K, 0)$、$P$ 軸との交点が $(0, r/a)$ の右下がりの直線です。基本モデルの水平線 $P = r/a$ とは異なり、$N$ が大きくなるほど $P$ のヌルクラインが下がるため、被食者の自己制限が効いていることがわかります。
(b) 捕食者のヌルクラインは変わらず $N = m/(ba)$。これを被食者のヌルクラインに代入すると、$P^* = (r/a)(1 - m/(baK)) = (r/a) \cdot (baK - m)/(baK)$。$N^* = m/(ba)$(基本モデルと同じ)。ただし $m < baK$ でなければ共存平衡点は正の領域に存在しません。
(c) 基本モデルではヤコビ行列の対角成分がともに $0$ で中立安定(純虚数の固有値)でした。密度依存効果を加えると、$\partial(dN/dt)/\partial N |_{(N^*,P^*)} = -rN^*/K < 0$ となり、ヤコビ行列のトレースが負になります。これにより固有値の実部が負になり、平衡点は安定なスパイラル(減衰振動)になります。振動は時間とともに減衰し、最終的に平衡点に収束します。
ロトカ・ヴォルテラの基本捕食モデルにおいて、保存量 $V(N, P) = baN - m\ln N + aP - r\ln P$ が共存平衡点 $(N^*, P^*) = (m/(ba), r/a)$ で極小値をとることを示してください。
ヒント:$V$ の偏微分を計算して平衡点で $0$ になることを確認し、ヘッシアン行列が正定値であることを示してください。
$V(N, P) = baN - m\ln N + aP - r\ln P$ の偏微分を計算します。
$$\frac{\partial V}{\partial N} = ba - \frac{m}{N}, \qquad \frac{\partial V}{\partial P} = a - \frac{r}{P}$$
平衡点 $N^* = m/(ba)$, $P^* = r/a$ で評価すると、
$$\frac{\partial V}{\partial N}\bigg|_{(N^*, P^*)} = ba - \frac{m}{m/(ba)} = ba - ba = 0$$
$$\frac{\partial V}{\partial P}\bigg|_{(N^*, P^*)} = a - \frac{r}{r/a} = a - a = 0$$
したがって、平衡点は $V$ の停留点です。次に、ヘッシアン行列を計算します。
$$\frac{\partial^2 V}{\partial N^2} = \frac{m}{N^2}, \qquad \frac{\partial^2 V}{\partial P^2} = \frac{r}{P^2}, \qquad \frac{\partial^2 V}{\partial N \partial P} = 0$$
ヘッシアン行列は $H = \begin{pmatrix} m/N^{*2} & 0 \\ 0 & r/P^{*2} \end{pmatrix}$ であり、対角成分はともに正、非対角成分は $0$ なので正定値です。
したがって、$V$ は $(N^*, P^*)$ で極小値をとります。$V$ が平衡点で唯一の極小値を持つことから、等高線 $V = C$($C > V(N^*, P^*)$)は平衡点を囲む閉曲線であり、すべての軌道は閉軌道になります。
保存量の存在は、ロトカ・ヴォルテラの基本モデルが「ハミルトン的」な構造を持つことに対応しています(適切な変数変換を行うと、ハミルトン系の形に書き換えられます)。物理学でエネルギー保存則が運動を等エネルギー面上に束縛するのと同じように、保存量 $V$ が軌道を等高線上に束縛し、閉軌道を生み出すのです。この構造は、密度依存効果や機能的応答を加えると壊れ、保存量は存在しなくなります。そのとき、軌道は閉じなくなり、系はスパイラル(安定または不安定)に移行します。