高校生物では、有性生殖は減数分裂と受精を通じて遺伝的多様性を生み出すと学びます。しかし、ここには進化生物学最大の謎が潜んでいます。有性生殖の個体は自分の遺伝子の50%しか子に渡せないのに対し、無性生殖なら100%を渡せます。なぜ大多数の真核生物は、この一見「損な」戦略を捨てないのでしょうか。
この問いに答えるために、大学の進化生物学では「二倍のコスト」を数理的に定式化し、それを上回る有性生殖の利益を定量的に検証します。マラーのラチェットは無性生殖の長期的な脆弱性を示し、赤の女王仮説は宿主と寄生者の共進化が有性生殖を維持する力を持つことを数理モデルで明らかにします。この記事では、有性生殖のコストとベネフィットを一本の論理で追いかけていきます。
高校生物で学ぶ有性生殖と無性生殖の知識を整理しましょう。無性生殖は、分裂・出芽・栄養生殖などにより、親と遺伝的に同一なクローンを生み出す方式です。一方、有性生殖は、減数分裂によって配偶子(精子・卵)をつくり、受精によって新しい遺伝子の組み合わせを持つ個体を生み出します。
減数分裂では、相同染色体の独立した組み合わせと乗換え(組換え)によって、配偶子に多様な遺伝子の組み合わせが生まれます。ヒトの場合、染色体の独立組み合わせだけで $2^{23} \approx 840$ 万通り、さらに乗換えが加わることで、事実上無限に近い多様性が生じます。
高校の教科書では、有性生殖の利点として「遺伝的多様性が増えることで、環境変化への適応力が高まる」と説明されます。これは正しい記述ですが、同時に大きな疑問が残ります。遺伝的多様性が有利だとしても、そのために払うコストがどれほど大きいかを定量的に考えなければ、「なぜ有性生殖が維持されているか」という問いには答えられません。次のセクションで、大学の進化生物学がこの問いにどう切り込むかを見ていきましょう。
有性生殖の個体は自分の遺伝子の半分しか子に渡せません。純粋に遺伝子の伝達効率だけを考えれば、無性生殖のほうが2倍有利です。それにもかかわらず真核生物の大多数が有性生殖を行っているという事実は、遺伝的多様性の利益が二倍のコストを上回る強力なメカニズムが存在することを意味します。
この「二倍のコスト」を数式で定式化し、それを克服する条件を数理モデルで明らかにすることが、大学の進化生物学における「性の進化」研究の核心です。
John Maynard Smithは1978年に有性生殖を「進化生物学における女王の問題」と呼びました。これが「進化の最大の謎」とされるのは、コストが非常に具体的かつ定量的である一方、利益の説明が容易ではないからです。次のセクションから、まずコストの定量化、続いて利益を説明する仮説群を順に見ていきます。
二倍のコスト(twofold cost of sex、cost of males とも呼ばれる)は、有性生殖が無性生殖に対して持つ根本的な不利を定量化した概念です。この議論を明確に定式化したのは、John Maynard Smith(1971年)です。
考え方はシンプルです。ある生物集団に、有性生殖する個体と無性生殖する個体が混在しているとしましょう。無性生殖のメスは、自分の全遺伝子を持つ子を生みます。一方、有性生殖のメスは、オスと交配して子を生みますが、子には自分の遺伝子の半分しか入りません。
簡単な離散世代モデルで、このコストを定量化しましょう。世代 $t$ における有性生殖メスの数を $N_{\mathrm{s}}(t)$、無性生殖メスの数を $N_{\mathrm{a}}(t)$ とします。
無性生殖のメスが1世代あたり $b$ 匹のメスの子を生むとします。すべての子は母親のクローンなので、次世代の無性メスの数は次の通りです。
$$N_{\mathrm{a}}(t+1) = b \cdot N_{\mathrm{a}}(t)$$
有性生殖のメスも同じ数 $b$ の子を生むとしましょう。ただし、子の半分はオスです。メスの子だけがさらに子を生む(子の数に貢献する)とすると、次世代の有性メスの数は次の通りです。
$$N_{\mathrm{s}}(t+1) = \frac{b}{2} \cdot N_{\mathrm{s}}(t)$$
したがって、無性生殖集団と有性生殖集団の比率は世代を経るごとに変化します。
$$\frac{N_{\mathrm{a}}(t)}{N_{\mathrm{s}}(t)} = \left(\frac{b}{b/2}\right)^t \cdot \frac{N_{\mathrm{a}}(0)}{N_{\mathrm{s}}(0)} = 2^t \cdot \frac{N_{\mathrm{a}}(0)}{N_{\mathrm{s}}(0)}$$
$$\frac{N_{\mathrm{a}}(t)}{N_{\mathrm{s}}(t)} = 2^t \cdot \frac{N_{\mathrm{a}}(0)}{N_{\mathrm{s}}(0)}$$
$N_{\mathrm{a}}(t)$:世代 $t$ の無性生殖メスの数。$N_{\mathrm{s}}(t)$:世代 $t$ の有性生殖メスの数。他の条件が同じなら、無性生殖のメスは有性生殖のメスに対して毎世代2倍のペースで増加する。わずか10世代で、比率は $2^{10} = 1024$ 倍に拡大する。
この結果は衝撃的です。他の条件がすべて同じなら、たった数十世代で有性生殖集団は無性生殖集団に完全に置き換えられてしまいます。
誤:二倍のコストはオスをつくる「無駄」のこと。同型配偶(卵と精子の区別がない場合)では二倍のコストは存在しない。
正:二倍のコストの本質は、有性生殖では各親が自分の遺伝子の50%しか子に渡せない「遺伝的希釈」です。同型配偶でも、2個体が融合して1個体を生む場合、遺伝子の伝達効率は半分になります。オスの存在(cost of males)はこのコストの一形態ですが、すべてではありません。
このように巨大なコストが存在するにもかかわらず、有性生殖が維持されているということは、無性生殖には何らかの重大な欠点があるか、有性生殖には二倍のコストを上回る利点があるか、あるいはその両方が成り立つはずです。次のセクションでは、まず無性生殖の長期的な脆弱性を示すマラーのラチェットを見ていきます。
すべての生物は、DNA複製のたびに一定の確率で突然変異を蓄積します。その多くは有害変異(適応度を下げる変異)です。有性生殖の集団では、組換えによって有害変異を「振るい落とす」ことができます。具体的には、有害変異の少ない染色体同士が組み合わさって、有害変異をほとんど持たない個体が再生されうるのです。
しかし、無性生殖ではこれが不可能です。親のゲノムがそのまま子にコピーされるため、一度蓄積した有害変異は二度と除去されません。この現象をマラーのラチェット(Muller's ratchet)と呼びます。ラチェットとは「一方向にしか回らない歯車」のことで、有害変異の蓄積が不可逆的に進む様子を表しています。
Hermann Mullerが1932年に直観的に提唱し、1978年にJohn Haighがその数理的枠組みを整備しました。簡略化したモデルで考えましょう。
集団サイズを $N$、1世代あたりに個体が獲得する有害変異の数がポアソン分布に従い、その平均を $U$ とします。各有害変異は適応度を $s$ だけ低下させるとします($s$ は選択係数)。変異が $k$ 個ある個体の適応度は $(1-s)^k$ です。
ポアソン分布に従うと、有害変異を0個持つ個体(最も適応度が高い「最良クラス」)の割合は、変異-選択平衡において次のように期待されます。
$$f_0 = e^{-U/s}$$
集団中の最良クラスの個体数は $n_0 = N \cdot f_0$ です。
$$n_0 = N e^{-U/s}$$
$N$:集団サイズ。$U$:1世代あたりの有害変異率(ゲノム全体)。$s$:各有害変異の選択係数。$n_0$:最良クラス(有害変異0個)の期待個体数。$n_0$ が小さい(おおむね $n_0 \lesssim 1$)とき、確率的な揺らぎ(遺伝的浮動)により最良クラスが偶然消失する。無性生殖集団では、一度消失した最良クラスは組換えなしには復活できない。
ラチェットが「回る」とはどういうことでしょうか。集団の最良クラスの個体数 $n_0$ が十分少ないとき、遺伝的浮動(偶然の効果)によって最良クラスが消失することがあります。有性生殖の集団では、組換えによって有害変異のない個体が再生されるため、最良クラスは復活できます。しかし無性生殖の集団では、組換えがないため最良クラスは二度と復活しません。これがラチェットの「一回転」です。
ラチェットが一回転すると、かつて1個の有害変異を持っていたクラスが新たな「最良クラス」になります。そして同じ過程が繰り返され、集団全体の有害変異数は不可逆的に増加し続けます。
無性生殖の場合:ゲノムは丸ごとコピーされます。有害変異が $k$ 個の親からは、$k$ 個以上の有害変異を持つ子しか生まれません(新たな変異が加わるため)。復帰変異(有害変異が元に戻る変異)は理論的にはありえますが、特定の塩基が正確に元に戻る確率は極めて低く、実質的に無視できます。
有性生殖の場合:2個体が交配し、組換えが起こることで、一方の親の有害変異を他方の正常な遺伝子で「置き換えた」子が生まれます。たとえば、片方の親が遺伝子座Aに有害変異を持ち、もう片方が遺伝子座Bに有害変異を持つとき、組換えによって両方とも正常な子(有害変異0個)が生じ得ます。
ラチェットが一回転する速度(最良クラスが消失する平均的な時間間隔)は、$n_0$ に大きく依存します。$n_0$ が大きいほどラチェットは遅く、$n_0$ が小さいほど速く回転します。Haigh(1978)のシミュレーション結果は、$n_0 \lesssim 10$ 程度でラチェットが顕著に作用し始めることを示しました。
集団サイズ $N$ が小さい、変異率 $U$ が大きい、あるいは各変異の効果 $s$ が小さい場合に、$n_0$ は小さくなり、ラチェットは速く回ります。つまり、小集団・高変異率・弱有害変異という条件下で、無性生殖集団は急速に適応度を失っていくのです。
ミトコンドリアDNAは母親からのみ受け継がれ(母性遺伝)、組換えがほとんどありません。そのため、マラーのラチェットの影響を受けやすいと考えられています。実際、ミトコンドリアDNAの進化速度(塩基置換速度)は核DNAより著しく速いことが知られており、有害変異の蓄積が一因と考えられています。
マラーのラチェットは、無性生殖が「短期的には有利でも長期的には不利になる」ことを示す強力な理論です。しかし、ラチェットの効果は世代を重ねてゆっくりと現れるものであり、二倍のコストという「即座の不利」を相殺するには十分でないかもしれません。次のセクションでは、より強力で即座に効く利益を提供する仮説 ── 赤の女王仮説 ── を見ていきます。
赤の女王仮説(Red Queen hypothesis)は、Leigh Van Valen(1973年)が提唱し、William Hamilton(1980年代)が有性生殖の維持との関係で精緻化した仮説です。名前の由来は、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に登場する赤の女王の台詞「同じ場所にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」です。
生物は、寄生者(病原体・ウイルス・寄生虫など)と絶えず共進化しています。寄生者は宿主の防御を突破するよう進化し、宿主は寄生者に抵抗するよう進化します。この「軍拡競争」において、有性生殖による遺伝的多様性が決定的な役割を果たすというのが、赤の女王仮説の核心です。
Hamilton(1980)が提示したモデルの本質を、簡略化して見ていきましょう。宿主には遺伝子型 $A$ と $a$ が、寄生者には遺伝子型 $B$ と $b$ があるとします。寄生者は特定の宿主遺伝子型に特異的に感染するとします。例えば、寄生者 $B$ は宿主 $A$ に感染しやすく、寄生者 $b$ は宿主 $a$ に感染しやすいとします。
世代 $t$ における宿主の遺伝子型 $A$ の頻度を $p(t)$、寄生者の遺伝子型 $B$ の頻度を $q(t)$ とします。宿主 $A$ は寄生者 $B$ が多いときに不利になり、寄生者 $B$ は宿主 $A$ が多いときに有利になります。これを適応度で表現すると、次のような振動(頻度依存選択)が生じます。
$$p(t+1) = p(t) \cdot \frac{1 - \alpha q(t)}{1 - \alpha q(t) p(t) - \alpha (1-q(t))(1-p(t))}$$
ここで $\alpha$ は寄生者に感染された場合の適応度低下を表すパラメータです。この方程式系は一般に振動解を生み、宿主と寄生者の遺伝子型頻度が周期的に変動します。
重要なのは、この振動が意味することです。現在多数派の遺伝子型は、将来的に寄生者によって狙い撃ちにされるため不利になります。逆に、現在少数派の遺伝子型は寄生者の攻撃を免れるため有利です。つまり、負の頻度依存選択が働いています。
寄生者の適応(ある宿主遺伝子型への特殊化)が生み出す負の頻度依存選択のもとでは、珍しい遺伝子型ほど有利になる。有性生殖は組換えによって毎世代新しい遺伝子型を生み出すため、寄生者の「ターゲット・ロック」を常に外すことができる。
無性生殖の集団では、すべての子が親と同じ遺伝子型なので、寄生者が一度適応すれば集団全体が脆弱になります。有性生殖の集団では、子の遺伝子型が多様であるため、寄生者は特定の遺伝子型に最適化しにくくなります。
Hamilton, Axelrod & Tanese(1990年)は、コンピュータシミュレーションによって、寄生者との共進化が有性生殖を維持する条件を定量的に示しました。彼らのモデルでは、宿主の抵抗性と寄生者の感染性がそれぞれ多遺伝子座で決まるとし、有性生殖と無性生殖の個体を競争させました。
結果は明快でした。寄生者の選択圧が十分に強い場合(適応度への影響が大きい場合)、有性生殖の集団が無性生殖の集団を駆逐しました。寄生者が宿主の多数派遺伝子型に素早く適応するため、遺伝的に均一な無性生殖の集団は壊滅的な被害を受けます。一方、有性生殖の集団は常に新しい遺伝子型を生み出すことで寄生者の適応を「振り切る」ことができます。
赤の女王仮説が有性生殖を維持するためには、寄生者による適応度の低下が二倍のコストを上回る必要があります。具体的には、寄生者に感染された個体の適応度低下を $\alpha$ とすると、無性生殖の集団(遺伝的に均一)が寄生者に狙い撃ちにされたとき、実効的な増殖率は $b(1-\alpha)$ に低下します。有性生殖の集団が勝つ条件は、おおまかに次のように表されます。
$$\frac{b}{2} > b(1 - \alpha) \quad \Longrightarrow \quad \alpha > \frac{1}{2}$$
つまり、寄生者が宿主の適応度を半分以上低下させるほど強い選択圧をかける場合に、有性生殖が有利になります。実際の自然界では、寄生者感染が繁殖成功率や生存率に甚大な影響を与えるケースは珍しくなく、この条件は十分に現実的です。
誤:赤の女王仮説は、生物がつねに進化し続けなければ絶滅するという一般原理である。
正:Van Valen(1973年)の元々の赤の女王仮説は確かにより広い主張でしたが、有性生殖の維持に関する赤の女王仮説は、具体的に「宿主-寄生者の共進化による負の頻度依存選択が、有性生殖の遺伝的多様性に有利に働く」というメカニズムを指します。すべての進化が軍拡競争であるという主張とは区別する必要があります。
マラーのラチェットと赤の女王仮説は、それぞれ異なる角度から有性生殖の利益を説明しますが、互いに排他的ではありません。実際の生物では、両方のメカニズムが同時に作用していると考えられています。次のセクションでは、これらの理論を検証した実証研究を見ていきましょう。
Curtis Livelyらの研究グループは、ニュージーランドの淡水カタツムリ Potamopyrgus antipodarum を用いた一連の研究で、赤の女王仮説を鮮やかに実証しました。
この種は同一の集団内に有性生殖の個体と無性生殖の個体が共存しているという、理論の検証に理想的な特徴を持っています。Livelyらは、寄生者(吸虫 Microphallus 属)の感染率が高い湖では有性生殖の個体が多く、寄生者が少ない湖では無性生殖の個体が多いことを発見しました。
さらに、長期観察(1994~2008年)によって、時間経過とともに特定の無性生殖クローンの頻度が上昇し、その後寄生者がそのクローンに適応して感染率が上がると頻度が低下する ── という振動パターンが観察されました。これはまさに赤の女王仮説が予測する負の頻度依存選択のダイナミクスです。
性の進化を考える上で興味深い存在が、細胞内共生細菌ボルバキア(Wolbachia)です。ボルバキアは節足動物の60%以上に感染しているとされ、宿主の生殖を操作して自らの伝播を有利にします。その手段には、オスの殺害、メス化、単為生殖の誘導などがあります。
ボルバキアによる単為生殖の誘導は、「寄生者が有性生殖を無性生殖に変えてしまう」という例であり、赤の女王仮説の裏面を示唆しています。ボルバキアに感染した宿主が無性生殖に転じると、他の寄生者に対する抵抗力が低下する可能性があるのです。
高校では減数分裂の過程を詳細に学びます。相同染色体の対合、乗換え、第一分裂での相同染色体の分離、第二分裂での姉妹染色体の分離 ── 実に精緻で複雑な過程です。体細胞分裂に比べて、なぜこれほど手の込んだ仕組みが進化したのでしょうか。
この記事で学んだ視点から言えば、減数分裂の複雑さは、有性生殖の遺伝的多様性を最大化するために「投資する価値がある」複雑さです。特に乗換え(組換え)は、同一染色体上の遺伝子の新しい組み合わせを生み出す唯一の手段であり、マラーのラチェットを止め、赤の女王のレースに勝ち続けるために不可欠な過程です。二倍のコストを補って余りあるほどの利益があるからこそ、これほど複雑な減数分裂の分子機構が自然選択によって維持されてきたのです。
ヒルガタワムシ類(bdelloid rotifer)は、約4000万年にわたりオスが発見されておらず、完全な無性生殖で繁栄している例外的な動物群です。彼らはどのようにマラーのラチェットを回避しているのでしょうか。近年の研究では、水平遺伝子移行(他の生物のDNAを取り込むこと)や、乾燥耐性によるDNA修復機構の強化が、組換えの代替として機能している可能性が示されています。この例外は、赤の女王仮説を否定するものではなく、むしろ組換えに相当する別のメカニズムの重要性を裏付けています。
性の進化の研究は、進化生物学、集団遺伝学、寄生者学、生態学が交差する豊かな研究分野です。次のセクションでは、本記事の内容が教科書の他のトピックとどのようにつながるかを整理します。
性の進化は、集団遺伝学の数理的基盤と進化理論の応用が交差するテーマです。以下のトピックと密接に関連しています。
それでは最後に、本記事の要点をまとめましょう。
Q1. 「二倍のコスト」とは何ですか。有性生殖のメスと無性生殖のメスが同数の子を生む場合、なぜ無性生殖が有利になるのかを説明してください。
Q2. マラーのラチェットが作用するために必要な条件を3つ挙げ、それぞれがなぜ重要か説明してください。
Q3. 赤の女王仮説において、無性生殖の集団が寄生者に対して脆弱になる理由を、「負の頻度依存選択」という用語を使って説明してください。
Q4. マラーのラチェットと赤の女王仮説は、有性生殖の利益を異なるタイムスケールで説明しています。それぞれの主な作用タイムスケールの違いを述べてください。
ある集団に、有性生殖のメスが1000匹、無性生殖のメスが10匹存在する。どちらも1世代あたり4匹の子を生む(有性生殖では子の半分がオス)。他の条件がすべて同じとき、何世代後に無性生殖のメスの数が有性生殖のメスの数を上回るか。
$t$ 世代後の無性メス数は $N_{\mathrm{a}}(t) = 10 \cdot 4^t$、有性メス数は $N_{\mathrm{s}}(t) = 1000 \cdot 2^t$。
$N_{\mathrm{a}}(t) > N_{\mathrm{s}}(t)$ となる条件は $10 \cdot 4^t > 1000 \cdot 2^t$。
$$\frac{4^t}{2^t} > 100 \quad \Longrightarrow \quad 2^t > 100$$
$2^6 = 64 < 100$、$2^7 = 128 > 100$ より、7世代後に無性生殖のメスが有性生殖のメスを上回る。
初期に100倍もの数的不利があっても、わずか7世代で逆転してしまいます。二倍のコストの威力がよくわかる問題です。無性生殖のメスは毎世代4匹のメスを生みますが、有性生殖のメスは2匹のメスしか生めないため、差は指数関数的に広がります。
ある無性生殖の集団(集団サイズ $N = 10000$)において、1世代あたりのゲノム全体の有害変異率が $U = 1.0$、各変異の選択係数が $s = 0.05$ であるとき、有害変異を0個持つ個体(最良クラス)の期待個体数 $n_0$ を求めよ。$e^{-20} \approx 2.1 \times 10^{-9}$ を用いてよい。
$$n_0 = N e^{-U/s} = 10000 \times e^{-1.0/0.05} = 10000 \times e^{-20} \approx 10000 \times 2.1 \times 10^{-9} = 2.1 \times 10^{-5}$$
$n_0 \approx 0.000021$ であり、事実上0(最良クラスの個体は集団中に存在しない)。
$U/s = 20$ と大きいため、$e^{-U/s}$ は極めて小さくなります。これは、変異率が高く選択が弱い場合、平衡状態でも最良クラスの個体はほとんど存在しないことを意味します。このような集団ではマラーのラチェットが非常に速く回転し、無性生殖は急速に適応度を失います。
赤の女王仮説によれば、寄生者による適応度の低下 $\alpha$ が50%を超える場合に有性生殖が有利になる。この条件を導出する過程を、以下の設定に基づいて示せ。
有性生殖のメスの増殖率を $b/2$(二倍のコスト)、無性生殖のメスが寄生者に狙い撃ちにされたときの増殖率を $b(1-\alpha)$ とする。有性生殖が有利になる($b/2 > b(1-\alpha)$)条件を $\alpha$ について解け。また、$\alpha = 0.7$ のとき、有性生殖は無性生殖の何倍の増殖率を持つか。
$b/2 > b(1-\alpha)$ の両辺を $b > 0$ で割ると、
$$\frac{1}{2} > 1 - \alpha \quad \Longrightarrow \quad \alpha > \frac{1}{2}$$
$\alpha = 0.7$ のとき、無性生殖の増殖率は $b(1 - 0.7) = 0.3b$、有性生殖の増殖率は $b/2 = 0.5b$。
比率は $0.5b / 0.3b = 5/3 \approx 1.67$。有性生殖は無性生殖の約1.67倍の増殖率を持つ。
二倍のコストは有性生殖の増殖率を半分にしますが、寄生者による選択圧がそれ以上に無性生殖の増殖率を下げる場合、有性生殖が逆転勝利します。$\alpha = 0.5$ がちょうど分岐点であり、寄生者の影響が致死的に近いほど有性生殖の相対的有利が大きくなります。
マラーのラチェットに関して、以下の2つの無性生殖集団を比較せよ。
集団A:$N = 10^6$, $U = 0.1$, $s = 0.01$
集団B:$N = 10^3$, $U = 0.5$, $s = 0.02$
(a) それぞれの集団について、最良クラスの期待個体数 $n_0$ を計算せよ。$e^{-10} \approx 4.5 \times 10^{-5}$, $e^{-25} \approx 1.4 \times 10^{-11}$ を用いてよい。
(b) どちらの集団でマラーのラチェットがより深刻に作用するか。理由とともに答えよ。
(a)
集団A:$n_0 = 10^6 \times e^{-0.1/0.01} = 10^6 \times e^{-10} \approx 10^6 \times 4.5 \times 10^{-5} = 45$
集団B:$n_0 = 10^3 \times e^{-0.5/0.02} = 10^3 \times e^{-25} \approx 10^3 \times 1.4 \times 10^{-11} = 1.4 \times 10^{-8} \approx 0$
(b) 集団Bでマラーのラチェットがより深刻に作用する。
集団Aでは $n_0 \approx 45$ で、最良クラスの個体がある程度存在するため、ラチェットの回転は比較的遅いです。一方、集団Bでは $n_0$ が事実上0であり、最良クラスの個体は集団中にほとんど存在しません。集団Bは小集団サイズ($N = 10^3$)と高い変異率($U = 0.5$)の複合効果により、$U/s = 25$ と大きくなり、ラチェットが極めて速く回転します。
赤の女王仮説の簡略化モデルを考える。宿主には遺伝子型 $A$, $a$ が、寄生者には遺伝子型 $B$, $b$ がある。寄生者 $B$ は宿主 $A$ に感染し(感染による適応度低下 $\alpha$)、寄生者 $b$ は宿主 $a$ に感染するとする。
(a) 宿主の遺伝子型 $A$ の頻度を $p$、寄生者の遺伝子型 $B$ の頻度を $q$ とする。宿主 $A$ の適応度を $w_A = 1 - \alpha q$、宿主 $a$ の適応度を $w_a = 1 - \alpha(1-q)$ と表す。集団の平均適応度を $\bar{w} = p \cdot w_A + (1-p) \cdot w_a$ として、次世代の $A$ の頻度 $p'$ を $p$, $q$, $\alpha$ を用いて表せ。
(b) $p = q = 0.5$ が平衡点であることを示せ。
(c) この平衡が安定でない(摂動が増幅する)直観的な理由を、負の頻度依存選択の観点から説明せよ。
(a) 次世代の $A$ の頻度は、
$$p' = \frac{p \cdot w_A}{\bar{w}} = \frac{p(1 - \alpha q)}{p(1 - \alpha q) + (1-p)(1 - \alpha(1-q))}$$
(b) $p = q = 0.5$ のとき、$w_A = 1 - 0.5\alpha$、$w_a = 1 - 0.5\alpha$。$w_A = w_a$ なので $\bar{w} = 1 - 0.5\alpha$。
$$p' = \frac{0.5(1 - 0.5\alpha)}{1 - 0.5\alpha} = 0.5 = p$$
よって $p = q = 0.5$ は平衡点である。
(c) $p$ がわずかに0.5を超えたとしましょう。すると宿主 $A$ が多数派になるため、寄生者 $B$ にとって感染対象が増え、$B$ が有利になります。$q$ が増加すると、宿主 $A$ は寄生者 $B$ に多く感染されるようになり不利になります。しかし、宿主と寄生者の応答にはタイムラグがあるため、$p$ と $q$ は互いを追いかけるように振動します。平衡点は中立的安定(振動が減衰しない)であり、確率的な揺らぎがあれば振幅は維持または拡大します。これが赤の女王の「走り続けなければならない」本質です。
このモデルは赤の女王仮説の最も基本的な数理構造を示しています。宿主と寄生者の頻度が互いに依存して振動するため、どの遺伝子型も永続的に有利にはなれません。有性生殖は毎世代新しい遺伝子型の組み合わせを生み出すことで、この振動ゲームにおいて常に新しい「手」を出せるという利点を持ちます。無性生殖の集団は同じ遺伝子型の集まりなので、寄生者が一度適応すれば全員がやられてしまいます。